2026年9月20日日曜日

何を求めているのか???

 人々は、価値観の強制的な方向に、宿主側が求めている、要は、寄生虫側に得する事でない、其れでも競争して争うのは、勝てば商品が凄い、此を求めて、寄生虫どうしで腹の探り合いを行いをしているし、その考える基本が方向性が同じ価値観で成る。いくつかの病院を回ったが、入院している患者さんの顔が全て同じに見える。私は、争った・・・この病にのみ込められたくない気持ちが強く、その時の体の状態でどの様に対応できるかを考え、ナースコールも押せない、動く部分は、記憶だと、左足1本・・・其れをベッドの淵に叩き付け、看護師を呼び、意思疎通が出来ないので、看護師さんが此処ですか等の部位を言われ、それに応える形で、此処まで回復した、この病室の患者さん、私が悪い頃と比べると、良く見える。私は看護師に迷惑を掛けたくないという一心で、体を正常方向に向けた。人は必ず死ぬ、その瞬間のために生きて居ると言っても良い、だから、健康なときに何を求めて生きているのかと、私は何時も疑問符を求めている。

89日目

 今日は日曜日・・・病院での予定はない・・・・入院して過去の私の恥ずかしい部分が思い出した。この病室は、基本動けない等より、声も出せないような人が入っている。一人は、流動食を直接胃に入れてある。私もこの様な状態の時も有った。イライラしていたし、将来が見えない、その様な時に、家族は頑張れ、頑張れと私の尻を叩くが私は表現が出来ず、動く右足で、ものを蹴ったりして困らせていたと思う。その当時はブログもUP出来ずに居たし、当然、曜日、等々のも解らなくなって言っていた。要はボケ状態、痴呆症になる危険性が強く感じたい・・・だめだめと今日は何日等、常時考えるようになる、難しいのが、この状態、意識しないうちに寝入ってしまし、目が覚めると、居る場所も解らなくなるし、変ってくる。同じ場所に居ると思うのだが、移動されたと思い込んでいる。私だけだったら、同室者室の人のように成っていたと思う。しかし、私の場合、家族が、頑張れ・頑張れと言い続けてくれた。此が今の私に繋がっていると思う。感謝になる。