血統・・・最近は之を言うと、差別主義者と言われるが・・・私は差別主義者と思っているので、書きたい・・・
血の良し・悪し・・之は違いに成る・・・犬でも血統書が存在しているので、血の区別がされている事に成る。
何を選ぶかは、各自の好みに成る・・・好み・・・先に書いた、良い・悪い、何に対してと成る。
この部分に対して仮に悪いと成っていても、それを選ぶか選ばないかは各自の勝手だし、自由が有る・・・之が一極に成る事が、私は差別だと考えている。
以前、父の事を書いたが・・・美味い物・不味い物・・どちらを選ぶ・・・父は当然、美味しいものと成る・・・そこまでは許せるが・・・その後に、誰しも・普通は・一般は・・等々を言葉に付けてしまう。
己の好みを言っている、で無く・・・誰しもが言っている・・・普通の多くの人間は之を選ぶと、大多数がと言う、言葉が付くから、私は、何故と何時も思っていた。
この様な、流れで話す人の場合・・・私が誰しも選ばない方を選ぶと・・・何故か、感情を害される・・・・
何故と成る・・・・選ぶのは私の勝手な筈・・・しかし、勝手を許さないと言う事に成る・・・之が差別だと私は考えている。
しかし、血とは凄いと思うからに成る・・・・人は変る・価値観等々も変化できると私は考えていた。しかし、DNAに刻まれている部分も関係している事に気付いてきた。
要は、一世代では変わらない部分が有ると言う事・・・勿論、変化はしているが・・結果は、三世代以上経たないと、解らないと思う様になった。
人間も、癖と言う、所作等々に有る・・・何故か、血族は、似ている・・・・
若しかすると、考えかたに関係する、物事の捉え方等々部分は、血統かも・・と、思う時が有る。
例として、猪を家畜にしたのが豚である・・・・何世代も掛かってになる・・・豚と猪は、似ている部分も有るが・・・似てない部分も有る。
特に、狼が家畜として、犬に成ったと言われる。
性格が大きく違うし・・・人に対しての信頼度は、大きく違う。
個性迄、変わると言う事に成る。
個性は、己で変化も出来るが・・・固定化されている部分も有ると思う。
今後、どの血統が生き残るのか????・・・・・
強い、血統が生き残るのか????・・・弱い血統が生き残るのか???・・・
今までの地球の歴史が証明していると思う。