2018年1月24日水曜日

右目が・・・・

今日仕事で移動中・・・右目に、髪の毛が当たっている感じがして、何か気に成る・・・・

試しに、左目を瞑って・・・右目だけで見ると、視力は殆ど無いが、ど真ん中の部分に白いもやのような物が見え、真正面が見えない・・・・

対応車が来ているのに、回りは見ているが、車が見えない状態・・・・

運転していた嫁に、其れを伝えると、眼科に行く事を薦められた・・・


以前から右目は乱視が強く、メガネでの矯正は難しいといわれていたので、見え難いのは解っていたが・・・もやみたいな白い部分が、ド真ん中にある事を、今回気付いた。

帰ってき、暫く休んでいたら・・・白い部分は解消してきたが・・・不安が残る・・・

この部分も今後の対処だと考えている。

保険加入者に対しての配慮・・・・

役場に第三者の行為による傷病届を行なって来た・・・・

この様な処理をする事を私は知らなかった・・・・国民健康保険加入者としては失格に成る。

何度がブログに、今回の事故で、国民健康保険を使う、この申し訳なさが有ったし、結果的に加入者に迷惑をかけていると言う、気持ちが有ったが・・・・

今回、役場でこの手続きの意味を聞いて、少しは、気が安らいだ・・・

国民健康保険で、対処するが、之は、被害を受けた人の治療費が3割になると言う意味は解るが、残りの7割部分は、保険が代替わりして支払うと言う事で・・・・
加害者が解れば、その人に行政が請求を出すと言う流れのようだ・・・

警察が確り捜査して、相手が解れば、七割部分の請求を相手側にする・・・勿論、私が支払った三割部分は私が請求する形になるとの事らしい・・・・

保険加入者に迷惑を掛けないシステムの様だ・・・・

その為に事故の場合、本来は全て、この様な報告が必要なようだ・・・・

保険加入者に対しての配慮に成る・・・・又この部分も時効が有るらしい・・・・

その為に、直ぐに申告を行政の保険課にする必要が有る様だ・・・

一度行政で登録すれば、一般的に国等に対しての債務には時効は無い・・・死んでも相続人に其れが移って行く流れに成っている。

以前、健康保険の滞納が、信用問題で、リースが通らない社長が居られたが・・・その債務は結果的に息子や子孫に移ると言う事を、話したら、数百万円の支払いをされた人も居る。

今は、子孫に流れる方向性だが・・・少子化や子孫を残さない生き方も増えているので、今後は若しかすると、横や逆に上に一度戻り、下に下げる等々を国が考える場合も出てきている感じがする。

墓の流れと一緒・・・・本家等が、子孫が耐えた墓を纏める・・・この流れも有るので、この様な負債等この流れの可能性も出て来る。

結局は、不の遺産も有る・・・之を背負う人も必要に成る・・・・之を放置していれば、最終的には不の塊として社会で大きな問題に成り出す。

誰かが処理する・・・之が世の中・・・・・この処理する立場が居なくなれば、大変な時代と言う事になる。



損を背負う・・利を求める・・・

最近、自己中が組織まで浸透して・・・国までその方向に向かっている感じがする。

よく正しい・・・正儀と言うが・・・私は何が正しいかが解らない・・・・

個人レベルでは、能力に対しての対価を多大に得る・・・之を求め、之が正しいと考える方向が今の価値観に成っている・・・之は人の欲の部分と私は考えている。

能力以上の対価を得る事は、逆に能力以下の対価を得ている人を作る事でバランスを保と言う事にも成る。

この対価が少ない人を劣っていると評価する方向にも繋がる・・・・本当に劣っているのか、其れも解らない筈・・・・

金(かね)本位主義と私は現代を考えている・・・・お金の為には、命も捨てる、この様な人が増えていると思う・・・

個人がこの様になり、組織・集団までがこの方向に向う・・・結果、国まで方向性に成る。

何度か書くが、一神教的発想に近い・・・・日本国はこの方向でないと私は考えているが、日本国民まで、この方向性に向かっていると、以前から危惧して書き続けている。


全てが勝ち負けの価値観・・・・勝人が居れば、負ける人が居る・・・この負ける側に成りたくないと、努力する・・・・この努力が、自分自身を鍛える方向なら、理解も出来るが、相手を蹴落とす、色んな策を考える人まで出て来る・・・

勝てば官軍と言う発想に成る。


若い時に、自分の欲が全て適ったら、本当に幸せなのかと考えた事が有る・・・・・・

回りはイエスマンの人々・・・全ての欲が適う、こんな世界に成れば、生きている意味を私は無くすとイメージした。

誰しも、頭で考える理想が有るし、ユートピアをイメージ出来る・・・・しかし、其れを得て、なんに成るかと考えると・・・答えが出てこない・・・・・

相手が手を上げたから、私も手を上げた・・・理屈は解るが、之では喧嘩に成る。

その喧嘩に成らない為に、力を見せ付けるこの様な考えが尤物的価値観に成る。

多大な力を見せれば、相手は怖がり、近寄らない・・・・簡単に書けば、チンピラの考えになる。

最近の世界情勢を、見ていると、子供の喧嘩・・・この様に感じる・・・・・之を褒め称える人が居るから国のリーダーまでこの方向に進む・・・

世の中で、生きる事も同じだが、敵多しこの思いでどう振舞うかに成る・・・見方を作る必要も無い・・・敵味方と言う二極的、対極を量や質を問う事でない・・・・

厳然として一人の人間としてどう生きるかに成る・・・・自分以外は家族でも他人に成る・・・見方と勝手に思っているから、問題が起きる。

よく、私は子供達にも、私の個人的、勝手で育てていると言っているし、その勝手に対しての恩を感じるなら如何返すかが、人としての振る舞いと言っている。

人は本来、この様なものだと私は考えている・・・・・勝手に奉仕をする、其れを受けた人が、どう振舞うか、其れはその人の考え、価値観になる。

恩も感じないこの様な人が出てくれば、其れは人間でなく、鬼に成る・家畜でも恩を感じると言われている・・・・畜生以下の生物と言う事になる。

人は、人を育てている筈・・・・人間を育っているか,、鬼を育てているかは、親だし、社会になる。

この発想で、回りには鬼しか居ない、人でないから殺しても良いと言う理屈が出て来る。
現実に実子がこの鬼に成って、親としてどう振舞うが・・・私は救おうと努力すと思う・・・・之が火とだとも考えている。

この人としての本質部分を、確り教えていないと、目先の勝ち負けの価値観だけで、善悪まで判断し出す。

人として、力が有れば、一杯の人に貢献できるし、生活をさせる事が出来る。
私は、凄い事だと思うが・・・現代はこれも、変な道徳心等々で否定する。

先に書いた、子育てもその事が言える・・・・親は勝手に子供を生み、育てている、親の勝手だが、親にも思いが有る・・・・その思いに答える、之も子供が勝手にする部分・・・

この心に秘めている部分も、昔は、黙っていても感じていたが、最近は、決まり事が有る様にそれが基準に成っている。

この基準を満たさないと、親が悪い、子供が悪いと、回りまで言い出す世界・・・・


結局は、悪い人、劣る人を、作り続ける世界と言う事に成る・・・・・・人の踏み台になり、人を育てるこの様な価値観が無く成って来ている。

その踏み台に対しての恩も感じない人も増えている事に成る。

之も、マスコミや情報の固定化された、価値観の問題と思う・・・・

良い、悪いを、誰の基準で言っているか・・・誰と言う事は、個人の基準に成る・・・

この基準が正しいかも、誘導している流れが、強く有る感じがする。

人々の繋がりを、切る方向に成っているので、私は怖いと考えている。


仕事車のルームランプが点灯しない・・・

大事な仕事車・・・・・最近、フロント側のクランクシールが弱くなったのか、その部分からのオイル漏れも起している・・・・
走行距離が40万キロに近付いているし・・・消耗品も増える事は覚悟しているが・・・昔なら、パーツ代も安いので、自分で交換を試みるが、その元気も最近は無い・・・

よく、働いてくれた車だし、愛着も有る・・・・・しかし、色んな所が壊れだしている。

リアのルームランプが点かなくなり・・・・今度は、フロントのルールランプ・・・・LEDランプをオートバックスで購入してきたが・・・・やはり点灯しない・・・

何かが問題・・・・結局テスターで確認、電気が・・・・断線・・・

しかし、ヒューズボックスが解らない・・・・先ずは、車内に有るヒューズボックス・・・室内灯・・項目が無い・・・ACCヒューズを確認・・・勿論、切れていない、時計が動いているので、問題は無い・・・

残るは・・・・エンジンルーム内のヒューズボックス・・・有った10Aのヒューズが見事に断線・・・

取り替えた・・・・鍵を付けた状態で、ドアーを開けると、ブザーが鳴る、之が鳴り出した・・・見事、ルームランプが点いたが又、直ぐに断線・・・・

ヒューズが切れている15Aに変更して、対処しているが、何か問題が他に有る感じがする。

古いので・・・今後、車も買い替えも含め考え時期と思うが、先立つものが・・・・無いので・・知恵と努力が必要なようだ・・・

アンダー・オーバー・・・唐突/読める

車のバランスを好みにする・・・・之がセットと言われていると思う・・・・

一般的に弱アンダーがグリップ走行のラップタイム早くする方向といわれている、この弱アンダーも先に書いている、各自の好みで変るし、その事は操作方法の若干の違い、個性の違いから来ていると思う・・・

難しいのが、アンダー方向からオーバー方向に向う部分が、弱アンダーだと出る・・・・・・この部分が唐突か、又は読めるかも大事に成る。

読めれば、オーバーの部分の利用範囲が増えるし・・・・唐突と感じれば、オーバー部分が怖い使い辛いと成る。

この部分も、前後車高の調整等、色んな方法でセットを行なっている。

勿論、基本が確り走る車で、弱アンダー方向の車作りを目指した車だから出来る部分、強い言えばニュートラル部分の挙動を目指しているからに成る。

何故唐突な部分が出るか・・・アンダーが強ければ、出る・・・・操作を積極的、大袈裟にしても挙動がアンダーなら無理をする、この無理が結果としてオーバー方向に一気に動く、之を唐突と言う・・・

車の場合、度を越すと、この部分が出て来る・・・タイヤに応じた車作りが有るのが、この部分に成る。

車作りの基本は、使用するタイヤで決まると言われる部分に成る・・・・

この基本をRCに取り入れると、2駆でも唐突な部分が無くなる・・・・

私の場合は、この唐突な挙動を操作側で処理出来ないからジャイロを搭載していた・・・この策が、結果として、その当時、全否定されたし、ジャイロを認めないという方向を作ったと思う・・・

勿論、その様な人も2駆を始めている・・・ジャイロの搭載もしているが、私の目的と違って、セルフステアの為という理由に成っている。

違う目的でのジャイロの使用・・・整合性を保っている。

策の理由を信頼すれば、シャーシ作りで唐突部分を無くす、策をしている筈と思うが、私の目からだと、怒が付くアンダー志向だし、この策ならアンダー・アンダー・アンダーの挙動を大きな操作で、一気にオーバーの唐突な挙動を示す策に見えてしまう。

勿論、検証すれば答えは直ぐに出る、ジャイロを外してグリップ走行をしてもらえば、直ぐに解るが、この検証をして頂く人が何故か居ない・・・・


RCのジャンルでリア駆動の2駆も多々有る・・・勿論、ジャイロ等搭載しないでも確り走る・・・唐突な挙動は、タイヤの能力が高い方が出安いので、RCドリフトカーが使う、タイヤだと之が押さえられる為に、読める挙動に成るはず・・・勿論、タイヤに応じたパワー源が必要・・・・

タイヤの能力でスピード域も決まるので、ドリフトタイヤならスピード域も遅く、その分、挙動変化も穏やかのはず・・・しかし、食いに拘り、安定性に拘る・・・この方向はアンダーを強く意識したセットに成り出す・・・之が意味する事は、挙動が唐突に成るし、一旦付いた挙動を持続し続ける流れ続ける方向に成る。

勿論、RCドリフターの考え方に成るが・・・実車だとどの方向性かは、車に詳しい人なら解る筈・・・

RCドリフトのセット・・・実車のセットの違いが若し有れば、独特の違う世界と言う事にも成る・・・

この部分を強く意識させられた・・・・初期の2駆の取り組み際に、この部分を強く、RCドリフターから教えて頂いた・・・・

昔、書いていることだが、セルフステアの為のジャイロなら、セルフステアの必要性が無い、グリップ走行なら、ジャイロを外しても走行が出来るはず・・・・之を、言ってしまうから私は嫌われる。

結局は、妥協の産物・・・この妥協部分の多さに気づき出すと、単なるRCカーでのドリフト、遊び等々と表現が変り出す・・・・崇高な思いが無くなれば・・・一気に廃るのは何の世界でも有る事・・・

何を目指すか、之が、大事だし・・・その拘りを追及する事も大事だと私は考えている。

2駆ユーザーなら誰しも、本音ではグリップ走行を、ジャイロ無しで試していると思う・・・何故出来ないのかと言う疑問も有ると思うが・・・・其れを無視できる、環境が有るのも現実・・・

車の基本を無視した環境の中で走る・・・之も大事な部分・・・

環境と自分の拘り部分のバランスを取る事も求められる。

このバランスが保てない場合は、コースでの走行は出来ない事に成る・・・之がコソレン場専用の車と私の場合成る。

環境の大事さを私は何度も書いている理由がこの部分・・・環境が結果、人を育てているし、その事は、走る癖や車作りまで影響を与えている事に成る。

特に環境次第では、一つのライン等々、走り方まで厳密に規制を造っているところも有る・・・そうなれば、益々、画一した方向に向うし、それ以外は学ばない事に成る。


切れ込み・・・・舵角には意味が有る・・・

車はバランス・・・・舵角も意味が有りバランスが有ると言う事・・・・・

本来、キャスター効果で・・・フロントを進行方向に向こうとする特性が有る。

車に詳しい人が多いRCの世界なら誰しも解る事だが・・・・キャスター角が強くなれば、トレール量も増える・・・・・此トレールはタイヤの抵抗、横方向の重さにに関係する。

この抵抗が、有る時は、ハンドルを切る・・・舵角を増やす方向に成る場合が有る、之を一般的には切れ込みを感じると成る。

プッシュアンダーが強い車をイメージすると・・・フロントの舵角表現が小さい時は、真直ぐに進む特性と言う事・・・・・しかし、有る舵角以上の表現をしたなら・・・・トレール量の影響でタイヤが切れ込む方向の向う場合が合る。

実車だと非常に危険な状態に成っている。

サーキット等を走って、スピーツ走行を実車でも多々された人が多いRCドリフトの世界・・・勿論、耳に入る言葉を信頼すればニ成るが・・・・この様な経験者なら尚更解る部分だと思う・・・

切れ込むポイントに成れば、その後は破綻・吹っ飛ぶ挙動が必ず出る怖さが有る・・・之を無意識に避ける操作を普通はしていると私は考えている。

素人レベルの私でさえ、解る部分だし・・・バイク等でこの状態に成れば、私は怖いと感じる・・・

勿論、2駆ユーザーが言われている、セルフステア等々の意味もキャスター効果で、進行方向にフロントタイヤが自然に舵角が付く、之を言われていると思うので・・・誰しも解っている部分だと思う・・・

この限界ポイントを超えると・・・吹っ飛ぶ・・・何故かは、誰しも解るように、フロントは止まる方向に作用する・・・結果リアが出だす。之が一気に成る為に、リアの接地加重が一気に抜け、吹っ飛ぶとなる。

この吹っ飛ぶ量は、同じ速度なら、タイヤの能力が高い方が強く成る事は誰しも解る・・・
この部分はシャーシの作り方、又操作の癖等で感覚が変わるが・・・実車志向なら解る部分に成る。

この感覚は、コースでご一緒する人は解ると思う・・・・昔は切れ角を増やし稼動範囲を多くしている車なのに、何故か逆関節の状態が起きる・・・・ピット上でステア回りを動かしても全く問題が無いが、何故か走行させると、逆関節・・・これは舵角が、舵角を増やす方向に作用している事に成る。
セルフステア等の意味と私は違うと思うが、その当時のコースでお会いする人は、その事に気付いていなかった事に成る。

私が一番、危惧する部分の、車に対して、壊す方向の操作・・・・車が可哀相と思うが・・・勿論、各自の考え・・・車を痛め付ける事が好きな人も居るかも知れないが・・・・

私は、車が大事だし・・・出来るだけ、壊さないで長く使用したいと考えている。
又、RCカーの場合、触れる部分が無限に有るし・・・その費用も安い・・・又は自分の努力で済む部分も多々有る・・・・一台のシャーシでも色々、試せると言う事を意味している。

舵角に意味挙がる・・・私でも解る部分なので、詳しい人なら、尚更、解るし、よく見えている事に成る・・・・

ドリフトの考え方が、車の作り方に成るし・・・結果、人に見せる走りをしている事に成る。

詳しい人が多い世界なので、恥かしい之が私には有る・・・恥を書かない為にも適正な操作を意識している。

何回もシャーシは嘘を付かないと書いているが、シャーシが決まれば、操作に成る・・・この事は操作でも其れをアピールしている事に成る・・結果操作も嘘を付かないとなる・・ユーザーの考え、歴史まで表現している事に成る。

一部分の走りを見ても感じれる・・・ドリフトの切っ掛け作りでも表現している・・・リアが出難いなら、舵角表現が変る・・・

以前、2駆のユーザーが色んな人をシャーシを見せながら、この部分を離してあった・・・・取り巻き我多いので、凄い人かと思って、私も話を聞いたが、操作は全て実車的表現、之がこのシャーシだと出来る等々を言っておられる感じ・・・このシャーシを買えば誰しも出来ると思える発言だし・・・操作もシシャードウボクシング的に、手でステアを回す、状態でドリフトの切っ掛け等を話しておられえた・・・

その後、走行を見て、一つ質問を直接誰も居ない時に本人に聞いた・・・・先程、ドリフトの切っ掛け操作を言われていたが・・・・実際のRCカーの動きは全く違うと質問したら一気に怒り出された・・・

先程、実車のハンドル操作で、45度位の舵角表現で切っ掛けを作ると言うことだったが、舵角だけを視ていても、直角に近い、舵角にRCは見えた・・・実車なら3度位の舵角表現に成るが・・・

勿論、RCだからと言う部分も言われれば良いが、全て実車・リアル・このシャーシなら出来る之が私には解らない・・・

RCで実車の表現は、不可能に近いと私は何度も書いている・・・若し出来れば、神に近い技量と私は考えている。

其れがシャーシを買うだけで可能・・・・・私が新興宗教に近いと表現するのもこの部分・・・之を使うと、正しい等々の、神に近いと言っている感じがして成らない・・・・

その後、その人と有った事は無いが・・・・

この様な事が時々有る・・・・信者を増やす布教活動的に、シャーシを勧める・・・・之もドリフトユーザーの裾野が広いなら良いと思うが・・・何度か書いている様に、裾野のパイが狭まる方向のために、囲い込みも強くなる・・・商売の部分も有る。

私は裾野が広がる・・・之も一つの目標にしている・・・・色んな拘り、個性が有る人達がドンドン、このジャンルに参戦して頂きたい・・・・
スピードに拘る、之も個性と思う・・・・・色んな拘りが有っても良いと私は考えている・・・
この様に考えるから、私は私の拘りを追及している。

私の個性で、解らない部分は素直に尋ねる・・・・しかし、この行動を嫌う人も居る事も知っている。
嫌われるからと、永遠に解らない部分を放置していても、意味が無い・・・

私が凄い人と思うのは、質問に対して、正直に自分の見解を言える人・・・又、確りとあくまでも自分の見解と言う事を解らせる人・・・・又、策に対しては、利点と欠点を両方、教えること・・・

普通の事に成る・・・営業の本来の姿だが・・・・現代の営業は???・・・・違う方向に成っている。

人が大事と言う事が・・・現代は薄れている。