午前中のリハビリでのストレッチで少し体が楽に成り、ブログUPが出来た。昼食後、痛む体にムチ打ち、自主練・・・恐怖心が体の、動きを止める。希望を持ち挑戦すると出来る、当たり前の事だが、一度、痛めたり・失敗して転倒したトラウマが恐怖心として、勇気を出し難くしている様だ。椅子から立つと言う動作、膝を伸ばすだけの筋力で立っていない・・・上半身の使い方、体重の移動がカギだと思って居るが、怖くて出来ない。振り子の様に後ろから、一気に前、斜め上に勢いよく体重移動が出来れば、筋力も必要性が薄くなる。今は全て力技で事を済ませようと体がしている。筋力が落ちている私だと無理と成るし、リハビリの先生が言って居られる様に現状の筋力で立ち・歩く・考えられない事を行なっているとの事・・・奇跡だと言われるが、私は社会復帰を求めているので、これ位、当然だし、まだまだ足らないと思っている。何の為に生かされているのか???生きる目的を持つ事が希望に繋がる。嫁が来院、報告で、来年度は納骨堂の役員との事、前回は役員長を行ったが、この体で、何処まで貢献ができるのか、個人的に除草剤を散布したり、立木の剪定をしたりしていたが、今回は無理の感じがするが、私より若手の参加・協力が無い80代の人達に迷惑を掛け続けるわけも行かない。村内のこの様な集団・グループが崩壊し続けている。青年団も無くなった。婦人会も無くなった。消防団も若手が居ない、老体にムチ打ち出動している人もいる。何故、人様の為、貢献できる事に誉と思えなく、損と思うのか、不思議でならない・・・この様な人達が、人生の最終章でアリ地獄の、スパイラルの無間地獄を命・心が感じながら一生が終わると私は考えて居ます。
2025年3月10日月曜日
怖い!!!
リハビリの先生の指示でリハビリは続けた方がよいと言われていたことがよく判った。日曜日に体を休めただけで今日は体が硬くて、動けない・・・色んな部位も痛むので、朝食前に起きたと言う状態・・・動かない状態で、リハビリ開始、今日は学生さんに可動域を計測する練習の為にリハビリ室に向かったが。先生から終わりに上半身のストレッチを行って貰った。急に体の動きが良くなった感じがした。その後、新しいリハビリの先生が来られ、下半身と、上半身のストレッチを行って貰い、スッキリ・リハビリの大事さを再度、思い知ることに成る。先生が、今月二十日でリハビリは終わるので、退院され、入浴とリハビリの介護施設に週に数回通う事が出来る。これを望んであるし、よくよく考えると、治そう・社会復帰したいと言う思いが無い人を、永遠に診続けても意味も無いし、要は個人の自由意思を尊重して、殺さないが、国も頑張ろうとしている人との差を創っているとも思う様に成ってきた。考えれば全ての患者が同じ方向に向かおうとしていないこの状態で一つの医療制度、カーバ出来ないと思う。この病棟に居ると社会復帰室たいと努力している人は見ない機能改善のリハビリ等は期限オーバーで中止、一日気を緩めただけで硬直する体。数か月体を動かさなかったら、ガチガチに硬直して、完全な寝たきり状態に成るし、この方が衣料機関に都合が良い様に思える。呻き騒いでいる人たちは他力本願的に助けを求め続けられている。この地獄の境遇から抜けたいと命・心が避s叫んでいると思う。しかし、存在を気付かせないように沈黙している人々、諦められている可能性も有る。
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