2023年2月16日木曜日

共食い・・・破滅の道・・・

 誰しもが旨いものを食べたいと言う欲が有る。

その為に、旨いものが一極化すると争いを招く・・・

又、勝ち負け論を求める場合、勝つという定義が必要に成る。旨いものを多く食出来る事が勝つという方向成る。負け食べられない事、達がに成る。

当然、損得勘定も、この流れに成る。旨いものを食える人が得・・代りに不味いものを食べる人が損と言うことになる。

要は、一極化が招く問題は、共食いをしているという事・・お互いの足を貪り食べている。旨いと感じる部分と、痛い・辛いと感じる部分を同時に感じていることに成る。

私は、今世紀は、人間主義の世紀だと考えている。その過渡期・変化期に来ているのが、今だと思っている。

特に、何度も書いている、寄生虫と宿主の関係も、先に書いている、命の次元・価値観が、宿主が何をくれるかで、規制する側も考えるという事・・・昔は、大きく二極が有った・・世界として、西側・東側と・・・

本来、国の数・色が有っても良いと思うが、それを許されない流れが有った。青なのか????・・・赤なのか???・・・此を選べ・・・

当然、覇権国家が、宿主側に成る。この宿主・・・簡単に書けば、親だが、親の子が条件を指示し、その答え次第で、親を変えると言う時代があった。当然、覇権国家は、縛るために、飴を与え続ける事になる。

その為には、力が必要に成る。力が信用に繋がるし、信用がお金にも繋がる。

要は、子は借金できないが、親だと出来る、その為に、子が親に頼んで、都合をして貰う・・・当然、持っている。資金で済む間は良いが、要は他国がこの様な状態なら、国内も同じ事に成っている。借金を多々する信用が有ると言う事だし、永遠に借金が出来る状態の力が維持できていれば、問題も破綻も無いが・・・・もし、信用という部分、お金の価値・・・この部分が、他国の紙幣に変われば、一気に力が衰退し破綻へと向かう。

要は、国家を運営している、人間・・・強かに、損得勘定だけで、上手に渡る国も出てくる。

要は、第二局が存在するために、鞍替えが出来る事が原因に成る。

その為に、強いと言う国を超大国は嫌う・・・嫌うを通り越し、破滅へと向かわせる。

勿論、この流れを解っている人は、上手に親分、親を使う・・・従順さと我侭を上手に使い分けて、得るものを得ると成る。しかし、親側が、叩いても得るものを与えられない状態に、成ってきたので、争い、外の戦いでを創り、人の・国の目を攪乱している。

西欧諸国の価値観、当然、この立場が優秀で一流という思いが強い、結果この座を、揺るがせる存在が出てきたら、叩き潰す方向に向かう。

結果、太鼓持ち的、国を多く創るし、当然、自己で変革が出来ない国家、この程度の国を求めている。

もし、今のポジションを揺るがせる力・実力を持ってしまう前に、色んなルールを創って、排除方法にするのが、一神教的価値観に成る。

神の意向に合わなければ、皆殺し出来るのが、神である。

悪魔と同じだと私は考えている。

悪人も人であるし、その人は、誰かが育て、教育した、この部分にも問題が有る。

西欧の差別・平等・・・等々、格差がない、有りえない、しかし、綺麗事を言ったために、先が破滅する流れだが、進むしか無い・・・

此も、変化させなければ・・・・

要は、能ある鷹は爪を隠す・・・・この生き方が今の世界で大事に成るし、その間に本当の意味の力を付けることに成る。

力が有れば、恐れることは無い・・・力が無いから恐れる。恐れが、不安が煽り、頼ろうとする人間の弱さの口が開く・・・

そこに付け入るのが、耳障りの良い、事を言う、宿主に見せかけた食虫植物に成る。



法事お返し・・・助かった!!

 日曜日に父の一周忌・・料理等の手配は済んでいるが・・・法事お返しの物、我家はお茶を渡している。

ここ二日間の間に、私のお客さんのお茶屋さんから、購入を考えているが、数か数なので、金欠の私は、不安が有ったが・・・

今朝、他のお客さんから、消耗品の納品以来・・・急に予定しいないお金が入る・・・このお金で、お茶を購入して帰ることになった。

私は、何時も不思議に思うのが、危機一髪の様な緊急時を回避できる・・・当然、己の力で無く、生かされている、生きこのされたと思う事が多々有る。前回の、ダンプとの事故、ダンプの下から出てきた私、本来ならタイヤで踏み潰されていても不思議で無いが・・・何故か、生きていたし、元気だったので、簡単な事故処理で終わり、相手のダンプの特定が警察では出来ないとなり・・・怪我損になるが、生きていただけでも、徳だと思っている。

この様な事が私は、多々有る・・・その都度に、想像し、色んな人達に感謝となる。前回は、先に逝った、学友達が頭を過った。彼達が来るな・・と成ったので、生き残れたと私は思っている。

今回の大病も、本来なら、死んでいても不思議で無いと医師から言われた。しかし、生きている。

五体不満足に成ったが、こうしてブログのUPは出来ている。感謝に成る。

何故か、守られる、救われていると、私は感じているから、恩を返したいとなる。

以前、入院中に、私は己の住む世界で生きる立場・・その為に、病院は、天国の様な環境だが、私の場合、悪・地獄となる。理由は、天国の場所に留まることが出来ない、私の住む世界、入院中の環境と、大きく違う私の現実の環境が、私の住む世界、この世界を私は与えられ、その世界をどうするか???この使命が有る。

その違いが大きいから、天国の環境感も知れないが、別次元・別環境に住む私は、地獄と捉えることしか、己の住む世界に、戻りたいとは成らない・・・

各々、住む世界が違う・・己が住む世界を如何するか??此が問われている。

仮に夢見たいな天国の様な世界を経験しても、それは一瞬、己が留まる場所が有る。その場所が己に与えられた場所だし、そこでの課題が、使命となる。

要は、天国と思える環境は、改善の必要性が無い、と、言う事は己の存在意義が無いと言う事・・・改善の余地が有るから、その場に居るし、使命が有ると言う事になる。その改善ポイントを知るためにも天国と言う環境も学ぶ必要な有る、しかし、その世界に近づく努力はしても、成ってしまえば、生きる意味が無くなる。

仏法の同じ、蓮仏法と言われる・・・蓮は、ドブ・・ドロが無ければ、成長できない、汚れた物を栄養にして、根を育て、その力で茎を伸ばす、当然、済んだ上水を越え、空を目指して、花を咲かせる。

しかし、その原動力は、根のドブを栄養に変え、水を浄化するこの作業を、続けている。問題は、綺麗な水・砂の中では蓮は育たないという事・・・しかし、蓮は、綺麗な水・ドブを砂に変えている。

世は、善が有ると言う事は、悪も有ると言う事・・このバランスが保たれて居る時が、良いときに成る。間違っても悪は無くなり、善だけの世、この様な世界は無い・・・これこそ、差別で有る。何が善か悪かは立場で変わったりする。この環境や立場、時で変わる部分を、固定化してしまうこと自体が、差別で有る。

殺生が駄目なら、獅子は悪で有る。生きる物の命を頂く、植物も同じで有る。

しかし、全てが自由で勝手となれば、トラブルが増えるので、ルールが存在するし、郷には入れば郷に従うと言う、状態も大事になる。勿論、全て従う訳で無く、問題点・改善点が有れば、返る努力は必要に成る。

要は、敵として外から変える方法も有るが、内から変える為には一端その集団に属しなければ成らない。

要は、この部分もバランスが、己の思い、理想を常時、思い続けることが出来るか???当然、己の求めるものと違う、違うから、努力することになる。

この振舞が無ければ、発展・改革は無いし、閉塞感が強く成るだけで、環境を恨み、感謝等の思いが出ない、此が不幸で有る。

今の幸福感は、人との対比でも優越感に成るし、この優れたと言う価値観が、一極化しているので、争いが増え出すことに成る。

要は、誰しもが、一つの物を奪おうと争っている状態・・・ものを得る事、人より良い物を得る事が、幸せ????・・私は違うと思うし、逆に不幸の中の不幸だと思うし、この連鎖の永遠性が続けば、無間地獄だし、悲惨という環境を己自身が求めているという事に成る。

今回の法事、父の思いも有る。兄妹達に対してのお礼の場と成る。

当然、父は居ないので、名代で有る、私が執り行うことに成る。

又、私の嫁の親・兄妹に対してのお礼も含める事に成るし、私の子供達・若嫁達・孫達が、そろって、姿を見せる、父と共に生きた人々に対しての姿としてのお礼を見せるという事に成る。

全て感謝が有り、その恩に答える、報恩に成る。

確り、先人の思いを伝える、形にしてみせる、此が無ければ、何の為に生きたかが解り難くなる。

この様な事が出来るのも、確り、後継者を育てた、親たちのお陰だと成る。自業自得と言うことに成る。

この部分が無ければ、人は生きる、生きていく意味を無くす、無くせば物質的に得した損しただけの、生き方に成る。この価値観で、損すると思える、人を育てる、人に奉仕する、誰も行わないと成る。

この姿が人間と成れば、誰も人間を創りたいとは思わない・・・面倒だし、多くの負を背負う事に成ると思っている。

要は、人間の破滅への始まりに成る。