昔は、子供としての立場が確り有った。
今の様な自由を謳歌できる幼少期で無い・・・・私は悪いとは思っていないが、家という単位が有り、一族・地域という単位が有り、その中で生きていると言う事を幼い頃から解っていたしその様な環境で育った・・・
現代の価値観なら、子供の人権等々無いと言われても仕方がない状態・・・
全て子供が最後・・・・当然、旨い美味しい方向に対しては、最後の最後が子供という順序に成る。
結果、大人が最優先される・・・・その残り物が運が良ければ、子供達に渡る・・・・当然、子供達の中にも優先順位が有るので、旨い汁を吸う為には、最低でも大人で無ければならないという常識が有った。
要は、この立場に気に入られれば、当然、旨いものに有り付ける・・・結果、先に書いた、家・一族・地域という単位の大人達にどう評価されるが大事に成る。
要は、今で言うなら、ほったらかし・・・子供達で勝手に集まり、何かを行う、勿論、良しと思い行う事だが、現代なら、犯罪と言われる事も、当たり前の様にしていた。
中には、川で泳ぎ、遊びの中で、死んでいった子も居るが、大きな問題にも成らなかったし、それだけ子供も沢山居た。
一つの行政区の中に、私の所では小学生が30人以上居た・・・狭い行政区内で遊び回れば、当然、大人達から、煩い・あっちに行け等々、この地に居るなと言う事も、多々言われたし、それが普通だった。
この様な時代なので、何度が書いているが、大人に成ったら、バナナを一房、買って、独り占めしたいと言う夢が有った。
バナナ・一本を分けて食べていた時代、勿論、病気する等々、よほどの事が無かれば、食することも出来ない。
この様な環境なので、病気になることも、少し羨ましく感じていた時代になる。
結果、子供の時は、一日でも早く、大人に成りたい・・・・当然、一人前と言われる大人に成りたいというのが目標だった。
一国一城の主として、確り人を養い、守れる力を付けたい、此が無ければ、一人前の男として見て貰えない・・・この様な環境社会だったが、今と比べると、全く違う価値観の世界のように感じるが、同じ、日本国で有る。
この子供の時から、生存競争を生き抜いた人達が、今、段階の世代と言われ、高齢者の仲間入りしている。
この様な人達が、マイナスに落ちた日本国を、世界一と言われる経済大国までのし上げてくれた。
この時の、生き抜く力、何が何でも前に進む力・・・現代の若い世代に有るのか????
勿論、安全で危険性も無いが、その分、大きな変化も無い、悪く書けば、衰退方向に向かうだけになる。