社会・世界も同じと思うが、小さな行政区・村で事を考えると解ると思う。村の住民には色んな人が居る。色んな価値観・レベレるの人が居るのが、私は普通と思っている。しかし、人間としての動物的本能で、自己保身が強く・・・己の趣向性で周りの人を選ぶ方向性が有る。劣っている私だし、未だに学んでいる最中なので、仕方が無いと思うし、此が有るから、自称差別主義者と己を言っている。考えれば、己の意向を聞入れる、下僕人しか回りに居ない・・・良い環境に思えるが、よくよく考えると下僕として働いている人のお陰と成れば、感謝の念が出てくるし・己も下僕に徹しないと、人様の幸せには繋がらないと成る。菩薩界の行動が出来る。仏性が出たと言うことだと私は考えている。生命次元を上げる為にこの世に生を受けたと私は考えている。しかし、現実は、唯物論に支配され、鬼畜の方向、餓鬼・畜養・修羅界の低いところでの団栗の背比べで競っている。今回の衆議院選挙・議会内閣制で選出去れば、現首相の信任の為とも言われる理由で起す、大義が無いと思う。民衆・国民の為に動くはずの、代議士が、資格を無くし候補者として、半月、活動する。此が意味することは、国民の為になっていないという事、政治の世界も村の捉え方と同じ、嫌いな家も有る。周りに迷惑を掛ける家も有ると思う・・・しかし、排除は出来ない、共に進むしか無い・・・・何度も書くが、共存・共栄だろ思う!!!・・・・しかし、文明が発達し、医療技術も大き成長しているで結果的に、自力で動けんじない・どうにも成らない人が増え続けている。その中の一人が私に成るが他人様の手が必用という立場に成る。昔なら、死んでいたと思う。しかし、今は生かされている。それなら誰が、手を貸し、介助してくれるのか???此が大事になる。私は出来るだけ、多くの子を育てようと決めていた。。しかし、現代の教育、五人の息子が居ても、己の事で手一杯、私の手足に成ってくると勢いよ来る者はいない、周りに言われたが、MeV希ていると、車で一〇分程度の所に住んでいる。呼んで来れる距離・・・優秀な子で、東京等に就職したら、直ぐに帰ることは出来ない。