2014年10月1日水曜日

重量バランス・・・変更・・・・

RCドリフト2駆・・・・色んな現実から 頭を空っぽにする為には、コソレン場での走行は、私は非常に有難く感じています・・・・

今日は、少し、シャーシの設定を変更・・・・・

私の操作が、駄目なのか、最近リアが重く感じてきた・・・・確り食わせ様と回転・舵角の操作も頑張っていますが、回転域が下がるに従い、リアの出方で、飛ぶ様な感じを受ける、ブ~~~と出る感じで無く、パンと飛ぶ感じが強く受ける・・・・・・

出す前の速度域も必然的にUPしている、舵角も、出来るだけ切らない方向で、出しているつもりだが・・・・リアの慣性力が強く、巻き過ぎる感じがする為に、必然的にカウンターも一気に深くなり、浅い方向に持って行く操作が難しい・・・・・

前後のタイヤの食い方、セットの仕方でも変ると思うが、簡単に変更できる部分、バッテリーの搭載場所を、前側に2cm程移動・・・・・リアの面圧は低く成る方向だが、リアの横への慣性力は減ると思います。

コソレン場でテスト、ドリフトアングルを浅く抑える事が楽に成った、その分大袈裟な操作をしても許容範囲も広く感じる・・・・失敗操作をリカバリーし易い・・・・

特に最近、タイヤを変更してから特に強く感じる様になったのが、車が重過ぎる感じ・・・・ボディを搭載しただけで、非常に重く感じる・・・車の軽快感が減る・・・・・

現実に舵角、規制を大きく与え、殆んど切れない状態にすると、その重さの差が一気に操作で解る・・・・
動画でもUPしていますが、殆んど切れ角が無い状態で、ボディを乗せれば、左右に動かす事さえも難しくなる、単純にホイルスピーンして真っ直ぐ走る車に成る・・・・

タイヤのトラクション能力と路面・・・・其れに重量が操作に非常に関係しているのかも知れません・・・・

又、テストを重ねて、新たな部分を発見したい・・・・・今晩は、この状態で練習・練習・・・・・

現実逃避・・・・

月初めの、お仕事・・・・
伝票整理に、請求書の発行を頑張ってます。

お仕事も大事だが、私の場合、仕事以上に家族の方が大事、以前は、母がその部分を担っていた・・・・その為に、お金を稼ぐ、この部分に力を多く裂いていたが・・・・・

今は、家族・・・・・勿論、子供達は嫁が心を裂いているが、父は、私が心を裂く事に成る・・・・・・

実の父・・・対応が難しい・・・・

暫し、現実逃避・・・・・RCを走らせて、頭を空っぽにしたいと考えています・・・・

趣味は色んな部分で、私に役に立っている・・・・・・・考えても・考えても結論が出ない等々が有った時は、RCに逃げる・・・・言葉は悪いが、リフレッシュと考えています。

今は2駆・・・現実と同じ様に、色んな方法が有る・・・・・その中から自分らしい方向へ進めている・・・・自分に取って楽な方法で無い事は理解している・・・・その為に練習を重ねる事に成る。

実社会でも、楽な方法は色々有る・・・又其れが利口な方法かもしれない・・・・・しかし・・・と・・・私は成る・・・・私が考える生き方では生き難い世の中かもしれない・・・・その為に生活の為と妥協点を探す場合も出て来る・・・・正直、自分の意と違うが、する事も出て来る・・・・

RCの趣味でも同じ・・・・・しかし、趣味の為に、自分の意を通す部分も少し、強くなる・・・・

父は入院している・・・その場所から一日でも早く出たいと考えている・・・・私は逆に、その病院に入院したいと考えているし、父の主治医にも相談した事が有る・・・・・考えれば考える程、頭が割れそうに痛くなる・・・・・之を訴えたが、先生は、其れが正常ですと言われた、逆に、考えない・逃避するこの様な考えの人が問題が有るとの事・・・・難しい時代で有る・・・・・

精神の異常・正常の基準も曖昧・・・・又基準を決める、その基準が正しいかも解らない時代・・・

父を格好よく、凄いと受け入れる環境も現実に有り、受け入れた人を色んな利を父から得ている・・・・・父は恩を与えていると考えている、間違いでも無い・・・その為に少し大きな事をしても、利とのバランスで、肝要に受け入れられてる時期も有る、しかし、その度が超せば、一気に崩壊に向う・・・・・よく有る話・・・双方に問題が有ると私は考えるが・・・お互いが被害者意識に成っている・・・・・・双方、よく似た価値観、損はイヤ・利は得と考える意識が強い・・・・同じ価値観でも立場が変わった瞬間に物事が複雑になる。

父も生活の為にが無い、部分の問題、趣味と一緒・・・・遊びの世界、その中で其処まで立場や、権威が必要なのかが、疑問に成る・・・・

趣味、遊び・・・・・ストレスの解消の部分も有るし、現実逃避の部分も有る・・・・・・自分が楽しいと言う部分も有る・・・・其れを得れば十分だと私は考えています。

権威等を求めるから、問題が複雑になる・・・・この分野で生活をしていれば別だが・・・・所詮、遊び・・・・・遊びだが、自分を見つめる部分には精進したいと考えています。

RCドリフト、私には良い趣味、狭い場所等で出来る・・・・手近な所で、遊べる・・・・遊ぶ為に維持・お金も殆んど要らない・・・・・実生活に多大な負担をかけない・・・私みたいに身体に少し悪い所が有っても遊べる・・・・又自分自身を追い込める楽しみも有る・・・・難しいから面白い・・・・
之だけで私は十分だと考えています。

その後の絡み等は、第三者が居られるから出来る部分・・・・感謝に繋がる・・・・

色んな、事が家庭では起きる・・・・之がストレスと感じる場合も有る・・・・解消方法として、コソレン場での走行・・・・私は恵まれていると考えています。









人間・・・・

最近、母が言っていた事が、理解出来る様に成って来た・・・・

人の一生・・・自分の足で生きれる時も有るが、人の手を借りないと生けれない時期も有る・・・

幼児期は、人の手が必要だし、少年期は教育等で又人の手が必要に成る・・・・

私の場合、青年期も壮年期も、やはり色んな人の協力で生かされてきている・・・・・

今後、老齢期に成れば、必然的に人の手を借りる事が増えだすと私は考えています。

母は、よく、家族の回転率を早める・・・之が大事だと言っていた。

その為に、早く結婚して、早く子育てをした方が、良いと・・・・勿論出来ない部分も多い、その部分は父母が40代後半で、孫の世話等が出来る・・・・

勿論、父母も歳を取る、その子供である、私も50代、半ば・・・・・・孫も要るし・・・その流れで生きて来た・・・・・今は父の面倒を看る・・・之が出来る環境に成っている・・・・

考え様では、恵まれている・・・・・子育てに奮闘している状態で、父母の面倒を見る立場に成る人も要る・・・・・

よく人生計画と言われるが、小さな家族で計画している・・・又は夫婦単位で計画している・・・又は、未婚の為に自分だけで考えている等々、有ると思うが・・・・

その中に、父母が入っているかが問題に成る・・・・・父母の面倒を計画に入れていない場合、面倒を見るのが負担になる・・・計画が狂ったと、嘆く事になる。

しかし、誰しも、父母が要るから自分が居る・・・・勿論、健在が前提だが・・・・・

父母の面倒を看る、この部分まで、人生計画に入れれば、母が言っていた様に、早く結婚をして子育ても終わっている状態で、父母の介護に入って行く流れが理想だと、考えるようになった・・・・

人生、終盤の情報が現代社会には少ない・・・・・人の終焉に向って行く事も理解・創造出来ない人も居る・・・・・よく高齢者は、健康に元気よく、ポックリと死にたいと熱望している人が多い、其れくらいに人に迷惑をかけたくないと考えて有るし、子供達の世話に成りたくないと考えている人が多い・・・・
逆に、考えれば、当てに出来ない現実が有るのかもしれないが、

人の一生は、生老病死・・・之を確り理解していない、又、長生きできれば年も取り、高齢者と言われる立場に必ずなる・・・・・この部分も理解しているとは思えない・・・・

私の明日の身・・・・私も明日・・・脳梗塞で倒れるかもしれません・・・・死ねば迷惑は少ない、しかし、障害を残して生き残る可能性も高い・・・・誰が世話をするか・・・・・之が有る為に、家族の存在も大事に成る。

健常者で、自分の事は全て自分で出来る・・・・・この時期も有る・・・・しかし、出来ない時期が来る可能性は高い・・・・この部分の情報が無いし、非常に少ない、その為に、世の中では起きる事は無いと考える人も、増えてくる・・・・・

情報の大多数が、健常者で、自分の事は自分で全て出来る、又その中で楽しく、生きている等々が、話題に成り、又関心度も高い・・・・・・マスコミ等々も、関心度の高い方向に向う、経済原理が基準の世の中の為に、仕方が無い部分・・・

しかし、現実には、誰も関心を向けない、部分も厳然と存在しているし、誰しもその状況に成る可能性が有る・・・・

しかし、その悩み・苦悩を相談出来る場所が無い・・・・・聞き入れてくれる場所も無いのが現実・・・・・・

その為に、その様な環境に成らないように、必然的に努力する事になる・・・方向は人の義務からの逃避に向う・・・・・之が常識に成れば、私の老後は非常に心配・・・・・

本来は、この様な環境は誰しも成る可能性が有るから、全体で考える・・・・勿論、本来は家族単位で考えることだが、この家族の単位も少数に成り過ぎた・・・・・

逃げるが勝ちという考えが強くなれば、義父母の介護が、始まる前に離婚等も当然に発生する・・・・・離婚したくなくても、実父母の面倒を看る者が居ないと、離婚する事になる場合もある。
モット酷くなれば、実父母との縁を切り、寄り付かなくなって、独居老人化していく・・・・

現実に、この様な状況が、我が済む地域に多く成ってきている・・・・

誰かが、気にかけ、又、気付いく努力をしないと、住んである事さえも気付かない状況に成ってきている・・・・・


地域の老婆の面倒を看ていて・・・・施設や福祉関係の人と話すと、この流れに拍車がかかっている・・・・・

今の、介護は、家族が看る事が出来ない部分をサービスする形・・・・・家族が面倒を看ていこうと努力する事に対しての支援でない・・・・・・

結局、利口に考えれば、放棄して、逃げた方が、楽だし、利口な生きかたに成る・・・・・

お金も必要だが、それ以上に人の心の関わりが大事だと私は考えています。

高齢者を大事に出来る、心を持つ・・・・之が欠けている・・・・・・・・

自分の将来を予想する、今の高齢者が置かれている環境を見れば解るし、今後良くなる方向に成るとも思えない・・・・・その為に、今私に何が出来るか・・・・平民以下の為に、殆んど力は無い・・・・・・・力が有る人達の考えが今後の未来になる・・・・・勿論、力が有る人は、この様な現実を知っている????と思う・・・・其れを期待して・・・生きたいと考えています。








要支援1

父の、介護保険認定の結果が送ってきた・・・・

「要支援1」と書類には成っている・・・・無知な私は、このレベルが何なのかも解らない・・・・

しかし、認定を受ける事が、出来ただけでも感謝・・・・・

家族・・・・私達夫婦も要る・・・・30を頭に、社会人の3人の息子も要る・・・・手を差し伸べられる人が多い家庭で、介護認定が受けられただけでも、奇跡だと考えています。

父は、体は若い人より強いし、動く・・・・・・理想も高く、格好よく生きる・・・この見栄を捨てられないだけ・・・その為に、指摘等を受けると、喧嘩に成りる・・・褒め称えて貰う人たちで周りを固めようとお金を湯水の如く使う、之が又、格好よいと父は考えている・・・この生き方を変える事が出来ず、歳を取っただけ・・・・

この様な高齢者を、家庭で面倒を看る・・・・・・難しい

少しでも気に入らないと、家を出て、外へ行く・・・・・他人様に迷惑をかける・・・・精神疾患も有る、顔色や目付きが直に変る・・・・・度を超すと・・・又喧嘩・・・・・

之をさせない為に、色々考えるが、私の今の力だと出来ない・・・・父の動きを常時、監視する動きを出来るか、出来ない・・・・・

父に指摘しても、自分は完璧な人間と考えている為に、聞き入れてくれない・・・・・

父の生活の身の回りの事は、私達夫婦で出来るし、今までもしてきた・・・・食事の世話・洗濯・掃除・その他・・・・入院等の世話・見舞い・・・家で出来る部分がしてきた・・・・

しかし、問題は、父が外でしている部分の・・・面倒を見る事が出来ないこと・・・・

他人様が、父が家でして貰っている様な事をしてくれるか・・・・・父は家以上を臨んでいる、その為にお金を使ってると考えている・・・・・家にはお金を一円も入れないでこの環境を作っている・・・

父の常識で考えれば、お金を使い、イエスマンで固める、我侭を通せる環境を作ったと思っている・・・・・その為に、家以上に、褒められ、称えられると考えているが・・・・・之が喧嘩の元・・・そのグループ以外の人が、指摘をした瞬間に、キレて喧嘩に成る・・・・
其れを何回かすれば、イエスマンも次第に居なくなり、又新たな場所を探して、動く・・・・この繰り返しで生きてきている・・・・

この部分も、家族は気付かないでいるが、度が超せば、責任問題等で、家に連絡が入る・・・・

今回、認定して頂いた、「要支援1」は、父の行動を監視してくれることでないと私は考えています。
家に居る部分は、家族で支援しているし、出来る・・・・

大部分の時間を父は、外で遊んでいる・・・・この部分の支援が私は欲しい・・・・・


之が出来無い為に、悩んでいる家族に対しての、精神的支援が欲しい・・・・

高齢者に見えない格好で、又お金持ちみたいな風貌で外に出る・・・気前よく色んな人に、オゴル・・・・・また、力を持って要る様な話をする・・・・この様な人を、おかしい・変な人と、周りが受け入れないと・・・・家が良いと成り、出歩く事が無くなると思うが・・・・逆に大いに受け入れる環境が現実には有る・・・・

この社会の状況下で、父の面倒を・・・看る・・・・・非常に難しい・・・・

一番の問題は、他人様に迷惑をかける・・・・又、問題に成り、事件に成った場合・・・・誰が責任を取るか・・・・必然的に、家族に成る・・・・・・・・

物理的、現象は、対応が出来易い・・・・しかし、精神的部分は、難しいい・・・・・・

相談窓口等も、物理的部分に対しての答えは有る様だが、精神的、又今後の仮定の部分での相談は出来ないのが現状・・・・・

介護医療の今後の、流れが気に成る・・・・・

本来の趣旨は、介護をしている家庭に、保護の手を伸ばす・・・方向だった、障害年金みたいに、介護をしている家庭にお金を支給する・・・・・

しかし、政治家が、票を求めた為に、産業にしてしまった・・・・結果、多大な費用が必要に成り、介護保険の徴収も始まった・・・・

私の考えだが、介護をしている家庭に15万ほど支給した方が、財政は少なくて済むと考えています。
今のシステムを、上手に利用する方法等を国民は考える、益々、独居老人が増える・・・・
年老いたら、国が見る、之が常識に、成れば、子供を創る、一つの意味が無くなる・・・益々、少子化が進む・・・・・
この流れに、拍車をかける、方向に、国は動いている感じがする。

福祉政策・・・耳聞こえは良い・・・・しかし、人としての義務の部分まで国がする・・・少し矛盾に思います。