2024年3月4日月曜日

敵・味方????

 最近、テレビ等の報道等に、よく敵・味方と言う単語が出てくるように成った気がする。

世界的に、この感覚が有るのは私も解っている。特に一神教世界は、自然さえ敵で有るし、その敵に打ち勝って幸せ・幸福を手に入れるという価値観が確り有る・・・結果、全てが敵だし、その中で、己に近い立場が味方???程度の認識に成っている。

この価値観が、結果的に、戦争を生むし、悲惨な現象を作り出しているのだが・・・それを現代も続けている・・・

それと相反する価値観が、本来に日本国に有った。しかし、グローバル化等の誘導で、世界的な潮流に日本人も向かっていると私は感じている。

敵・・・この意味は、調べると敵(かたき)で有ると成る。

敵(かたき)とは???恨みが有ると成る・・・・恨みが無ければ敵は存在しないと言う事にも成るが、それでも敵と言われる場合が有る。

私は、敵と思わないが、何故か敵と思うように誘導する流れまで有る。

敵が多いと言う事は、先に書いた、かたきが多い、恨みを持った、人が多々居る、立場・ポジションと言う事に成る。この様なポジション・立場、幸せとは私は思えない。恨みだけが多々存在し続ける世界、その逆の味方を当然、求める事にも成る。

味方とは????・・・・己に都合が良い人と言う事に成る。

この逆が、敵とするなら、己に都合が悪い人は全て敵となる。

この様な単純な事で、敵・味方と分類し、それで人を区別する、当然、差別主義者で無い人が日本人は多いから、この様な人は少なく思えるが、現実にマスコミ等で流れている情報を見ると、敵・味方論の話が余りにも多すぎると私は思っている。

人は、心配も間違いも起す、又、嘘も付く・・・此を人と確り解っているなら、それが基本と言うことで人を見れば済む話・・・

それが、ある基準を設けて、当然、己に都合が良い基準を相手に当てはめる、入らなければ、嫌いな人・入れば好みの人、この行く付く処が、敵・味方論に成る。

生きていれば、良縁も、悪縁も、当然、起きる・・・思いとしては良縁で有って欲しいと思うが、現実は中々、思うようにいかない・・・

その為に、良縁は、何も考えずに手に入れるなら、悪縁も同じ様に取り組めば良いが、何故か、損した、バカを見た、己は被害者だと、何故かわめき出す。良い時は黙っていて、悪いと感じたらわめく・・・赤子が駄々を捏ねて泣いているのと同じと私には見るが・・・・人が良い親なら赤子の思いを叶えるだろう・・・しかし、親も色々、叶えてくれない親も居る。その都度・都度に、被害者・損したと思い続ければ、先に書いた、全てが恨みに繋がり、最終的に、敵と捉え出す・・・誰が???己以外は敵と言う事になる。当然、味方も居るが、一生・己に都合が良い人で有り続ける人しか味方になり得ないし、その様な人は居ない・・・

結果、己例以外は敵という世界・・・地獄の苦しみだと思う。可哀想と思うが、仕方が無い、地獄の世界で、人を蹴落とし少しでも上へと、何を求めているのか???解らないが、競争心で上を目指しているだけで、結果として、多くの屍を踏みつけていることになる。

色んな人が居る、当然、私の価値観に許容できない人も居る。それは誰に問題が有るのか???当然、私自身に許容できる価値観が無い為になる。

人として、確り、付き合っていく・・・その中で、何を得るのか???此が生きる事だと私は考えている。新しい、新たな価値観を知る、大事だと私は考えています。

本業・・・

 朝一から本業のお仕事・・・・・往復70キロの道程・・・・燃料代も考えると、スクーターで向かう事に・・・・

考えれば、以前は何も考えず・・・車で動いていた。それが当然と思っていたし、それでも少しでも経費を安くと・・・商用車でディーゼルの軽油を燃料とした車だったが・・・考えれば、一日数千円分の燃料を使っていた・・・・・嫁が我家の月の燃料代が10万と言っていたが・・・以前は余り気にしていなかった。

今は、一円でも安くと燃料費も考えるように成っている。昔、今の様にスクーター等で仕事を半分でもしていたら、凄いお金が貯まっていたと思う。

しかし、現実は、節約して残したつもりのお金も、無いのが現実・・・

何処かにお金は勝手に消えて行く・・・・悲しいから、私が知らない処で・・・

帰って来て、ゴミ等の処分も行った・・・直ぐに貯まる・・・無駄使いをしているのが良く解る、ゴミを見ると、息子達の贅沢さが良く解る我、対処が出来ない・・・・

疲れが~~~~

 中々、疲れが取れない・・・・私の病の特徴らしいが・・・透析をすれば改選するとの事・・・しかし・・・と・・私は成る。

これ以上、人様に迷惑を掛ける事も出来ないと思うし・・・今の状態でも感謝している。昔なら、余程のお金持ちでない限り、放置された患者に成るお思う。体が弱って行き死を待つだけと言う状態だったと思うが、現代は私の様な立場でも、治療が受けれるし、家族のお陰で、生活もされている。感謝だと思う・・・中には、それだけの事をしていたので、当然と言う人も居るが・・・現代、家族の為と一所懸命に頑張っても報いが無いと言うのが現実・・・・・介護・離婚・等々、問題が表面化すれば、直ぐに崩壊する集団で形成され続けている。と、言うより、逃げ足が速い事が凄い事・利口な事・得する事と思ってる、又、この方向性が正しく、人が進むべき道だを思って居る人も多い・・・・

結果、良い時だけの纏まり・集団と言う事・・・何か問題が発生すれば、当然、人が去って行く・・・

何度も書くが、ババ抜きのババを引くこの覚悟が無いと言う事・・・覚悟が無い状態で、ババ抜きに参加している。組織人とは言えないと私は考えている。

利が有れば、負も有る、その負は見え難いだから目を見開き確り覚悟が必要と言う事に成るし、これが有るから信用できる。この様な部分を知らずに利の部分だけ見んて、信用した???これは、過信と言うしかない・・・この様な人に多いのが直ぐに裏切られた騙されたと言いだす事・・・

本来、人を信用すると言う事は、間違いも心配も嘘もつく人間を信用すると言う事・・・この覚悟が有るかに成る。

私は、人を全て解らないし、理解できない部分も多々あるから、信用はなかなか出来ない・・・しかし、その人の魅力、これが行いたいと言う部分に対しては、協力できる。簡単に書けば全てを背負う事は出来ないが、一部の部分は、背負う事が出来ると言う事なる。結果が出れが良かったで終わる事だし、それがその人に対してどうだったかは別次元の話に成る。

又、四男が、金欠に成っている感じ、賭け事・お馬さんや競艇でお金を使い果たした様だ・・・・当然、本人は何も言わない、しかし、お金が無いのは感じられる、だから、少しでが渡そうと私はする。

当然、何に使われるかは判らない、又、賭け事に使うかもしれない、しかし、必要と思うから、私が渡したお金を受け取っていると思う。

それ以上の事は無い・・・出来る事、手を貸してと言われたから貸した、この程度で良いと私は考えている。

色んな事を考え、期待するから問題が複雑化する。

単純に困っているから手を貸した、これで終る世界に何故ならないのか????大騒動をしないと、気付いてくれないこんな時代に何故成ったのか????・・・・生きる事にこれ程、力と能力が求められる時代は無かったと思う。馬鹿でも馬鹿なりに生きれた時代が有る。

今は、些細な馬鹿さえ生きられない・・・・大馬鹿の私は当然、この世に居る事態が不可能なタイプと言う事に成る。

後悔している事は、もっと、沢山の人達に施しが出来なかった事・・・その報いが今、来ている。

要は、己の自業自得と言う事に成る。