2022年3月2日水曜日

四男の件

 夫婦事なので・・・関わる事を避けていたが・・・前回、私までと言う要望で、私は解嫁の里に行ったが・・・・相手の父親は、私の性格等を考えて、何故来たのかと尋ねられた。

後で四男に聞いたら、若嫁の母親から言われていたとの事・・・・結果、私には、良い勉強が出来たと思っている。

理由は、父の倒産等で、反社会的集団からの追い込み、監禁等を受けたが、これより、酷い暴言等を無意識に第三者に吐く人が、家庭生活を行っていると言う事に、驚いたし、勉強に成った。

若嫁の父の大変さも解るが・・・少し、羽目の外し過ぎた振舞い・言動と言う事を解って頂けなければ、孫が可愛そうになる。

己の思いを・・・・解って頂くと言う考えと・・・・解らせると言う考えが有るが・・・本来、解って頂くと言う考えが社会的だと私は考えている。解って頂けない場合は、己の力不足に成るし、力とは、暴力的な力で無い。

しかし、力、暴力的、言動で、解らせると言う方向が、反社会的集団が使う手だが、当然、法律の括りも確り、知っているので、それを超えない線で、事を進めているが・・・逆に素人は、この部分を知らないから、言った方が勝ちと言う、言いたい放題の事を言う人も居るし、己の思いを通す為に、激しい言動行動をする人も、現実に要るが・・・家庭生活をしている人にこの様な人が居ると言う事が、勉強に成った。

法的に、認められている、ギリギリの線を、上手に使って、生きると言う生き方も有るが・・・私は、己の思う、正々堂々として生き方を望んでいる。

しかし、事が複雑化し、お金が多々居る、又、納得できない請求等が有るなら、四男の様に、ブラックリストだし・・・財産も試算も持たない人間なら・・・一番、費用が少ない破産の手続きをした方が、金額的には安い・・・

勿論、この様な策が有る事は、法的に詳しいしとなら誰しも解っていることに成る。

仮に、裏付けがない、人に、1億貸した・・・当然、返却が無い・・・色んな手段を使って、請求した・・・その答えは、破産手続きで・・・請求等出来なく成る。

要は、貸した方にも責任が有ると言う事にも成る。

担保や裏付けに成るもんが無い人に貸したと言う事は、信用したと言う事、信用とは裏切られても仕方がないと言う事にも成る。

私は、若し、信用しているなら、請求はしない・・・恩を売っていた方が良いと考えている。要は、縁を切らずに、出来れば見方で有って欲しいと思う。

しかし、私の周りでは信用していたのにと裏切られた、憎んでいる等々の話が多い事に驚いている。

私は、四男夫婦も、信用できないと、若嫁の親には言っていたが、親が子を信用できない有りえない・・子の為にはとうとう言われていたが・・・

結果は、私が考えている信用とは違い、信用していたからと言う理屈で裏切られた、金を戻せと成る事に私は驚いているし、我娘に出した金を、何故、四男に請求するのかも理解できない。

世の中は己の思う通りに成らない、これが基本だと私は考えている。

勿論、思う通りに成らないが、最低でも納得しなければ、事を進める事も、持続が出来なく成る。

n今回、葬儀代も私には大金だが、納得したので、気分良く支払う事が出来たし、感謝も出来た。

金額の大小でない・・・私の場合、納得できるか、理由が確りしているかが大事・・・・

嫁も四男も、これ位ならと言う妥協部分が多すぎる・・・

要は、納得したいから、聞く・尋ねると言う努力をしない、私なら行い、結果として・・解らないなら、

今から、その後片付けで・・時間を使うことに成る。


先人に感謝・・・・

 私は、三流だし、劣っているが・・・その理由は己自身の問題と成る。

現代は平等だし、全ての人が教育も受ける事が出来るし、色んな職の自由も有る。

要は、己が思う方向に行けると言う自由が保障されている。

簡単に書けば、独裁者に成る事も自由だし・・・社長に成ろうと思う事も自由だし、挑戦も出来る・・・後は、己の問題と言う事に成る。

勝手に思っている事だが、私の伯父も先の大戦で、ニューギニアで戦っていた。

一番の悔いは、学びたかったことと思う・・・女学校卒の、母・・明治時代に女が学問等々、色々言われた事態に女学校を出ている。時は戦時の為に、進学を断念されている様だが・・・弟の私の父には、勉学をと言う願いの手紙が戦地から来ているのが有る。

私の勝手な思いだが・・伯父も、有色人種の解放、人種差別への悔しい思いが有ったから、戦ったと思っている。

簡単に書けば、有色人種の自由を勝ち取るために戦ったと、信じている。

自由は待って居ても得る事は出来ない・・・命がけの戦いの結果に、得ている部分に自由が有ると私は思っている。

黄色い猿と言われていた、日本軍人・・猿が人間と戦って、人間と認めて貰ったと言う事にも成る。

何故、この様な差別感が出るのか????基本に相手をバカにする心が有ると言う事だと思う。人は違いが有る、その違いに対して、如何、捉えるか?????

仮に、肌の色が違う、此処までは、違いが解ったと言う事に成るが・・・この先に、俺が偉い、相手が劣っていると言う、己優先主義の命が出て来る。

この部分が、差別だと私は考えている・・・・しかし、現代の差別は、違いが差別の様に言われる。金太郎飴状態の人々が平等と言う意識に向かっている。

私は、これこそ、差別の根源だと考えている。

同じ肌だと仲間、違う肌は・・・・敵・劣っている・最終的に無知でバカと成る事が差別だと思っている。

色んな人が居るし、色んな価値観が有る。それが当然だし、普通の事だと私は思うが・・・この違いが差別を生むと言う考えが、私には解らない。

違いが有るから、相互扶助だし、支え合う人だと私は思っている。

優秀なら、劣っている人を、優秀な分、背負えると思うし、それが当然だし、普通と言う考え方に成る。何の為に、優秀と言っているのか????言って、称賛しているにも意味が有ると言う事に成る。

この意味に対して、応えないなら、優秀でないと言う事にも成る。

今まで、自由で有ると言われる、日本国に住んでいて・・・一杯の差別・除外を私は受けた感覚が有る。誰がそれを解消するのか????当然、私自身だと考えち得る。

不自由・差別を仮に感じたら、己でそれを解消するしかないし、その為には、今の日本国、命を取られる事は無いが、それに近い覚悟が必要で有る事には変わりがない。

特に、三流で劣っている私、この私を認めてくれと言う、事にも原因が有ると思うが、この部分は、私の特徴だし・・・個性だと考えている。

要は、自由で有る筈の国でも、受け入れ切れない個性と言う物が有ると言う事・・・その部分に属して居るので、不自由を私は感じていると言う事に成る。

間違っても、周りと同じ、金太郎あめの様な人間には成りたくないと、決めているから、尚更、己の個性を磨く方向に成る。

仕方がない、生まれた時期が悪い・・等々、妥協を続けた結果、長生きが出来たと言う生き方より、己の個性を輝かせる事を目指した方が、短命でも良いと考えている。

異端児として、生きて行ける、日本国に感謝と言う事にも成るが、マダマダ自由の大きさが狭いと私は思っている。

先の大戦の勝者は、日本と私が言うのも、人種の壁、差別等の打破の切っ掛けを創った、偉業は大きいと私は、称賛している。

勿論、多くの命が無くなったと思うし、他の策が無かったのかとも思うが・・・・それは、今だから思える事で、その当時は、その様な余裕が無かったとも想像できる。

何度が書いているが、私自身だけなら、不可能と思い、逃げると思うが・・・背負っているものを守りたい、死守したいと思ったから、不可能が可能になったことが多々ある。

私には天文学的な借金だったが、返す事が出来た。之も、私だけだったら逃げていたと思うし、背負っているものが有ったから出来た事だと思っているし、不可能を可能に出来たその要因は、背負って居た人達と成れば、その人達に感謝と言う事にも成る。

笑われるかもしれないが、私は、死にもの狂いで戦っていたと考えている。何故、戦っていたかは、不可能に対して挑むからに成る。

勿論、優秀な人なら、フ~~で済む程度の事柄だと思うが、負っている私には、超える事が出来ない壁に見えていた。

私は、その時代時代で、不自由に対して、疑問を持ち、戦ってくれた人が居るから、今が有ると思うし、感謝している。

当然、現代もそれを続けて行かなければと思っている。

問題は、社会の下層の濁っている部分に答えが有る。当然、その場に居ると、前後左右も濁っていて見えないし、どの方向に向かっているかも解らないが・・・留まる事が出来ないと、進もうとする思いが、何かを変え続けていると私は信じている。

手に振れたものを全てを理解していく、これが、見ると言う作業だと私は考えている。

勿論、己の分が有る、三流で有る私は、我が家族、親族、広げても近場の地域社会、村と言う単位までに成るが・・・この部分は確りと死守したいと考えている。

勿論、広げる事が可能なのも、家族のお陰だし、親族のお陰・・・感謝に成る。


己の立場????

 己とは???・・・私が何時も意識する部分に成る。

何を意識しているのかは、責任が有ると言う事を再確認する為に成る。

自立した人間を私は目標にしているが、何度も書く様に、三流で劣っている為に、目標も簡単でないが・・・忘れてしまえば、自立出来ていない寄生虫な価値観に成ってしまうと私は思うし、その傾向が強いから、三流だし、変り者・異端児と言われていると私は思っている。

己は、自立しているのか????・・・何かに縋り・頼っている・寄生虫的な立場なのか????これを先ずは考える事にしている。勿論、劣っているので、頼る命も強いその為に、大手を振って、自慢げな振舞も出来ない為に、頭を屈めての振舞いに基本は成るが・・・それでも、目標は自立した人間と思い続けている。

自立していると言う前提で、己を考えた場合、当然、家長と言う立場での責任も感じるし、地域社会でも、責任の一端、又は、この歳に成れば、大部分が有ると思うし、感じれる様な感性に成りたいと思っている。

勿論、範囲を広げれば、一個人として、日本国を表現しているし、又、責任も有る・・・国の有り方、振舞いも、己に責任が有り、問題を感じるなら、当然、己の責任と、己の立場で何が出来るかを考えるようにする為にも、己の立場、之を常時意識する事にしている。

もっと広げれば、世界の住民、個人としての責任も有ると言う事・・・世界で起きている事柄に己の力の大きさにもよるが、責任が有ると言う事に成る。

直ぐに、被害者意識で、問題を他人に押し付けたいと言う、思いが、三流の為に有る。

しかし、厳然とその環境の中に居る・・居る事は、己が求めたと言う考えが私には有る。

求めたから、その環境に居ると言う事・・・それなら、己が求めている環境に近づける立場は、己と言う事にも成る。

昔、社会に失望し、自閉症的に成っていた時に・・・叔父達が、私に、世の中は、死ぬほど努力・仕事をしないと、生きて行けないと、言っていた。

私の答えは、死ぬ程の思いを、何度も、何度も繰り返して生き続ける、それなら死んだ方が楽だと答えた記憶が有る。

私の感覚だと、社会に対しての受け身的捉え方だし、己には責任が無い、悪いのは社会、社会が悪いから、死ぬような思いで仕事をしないと、生きて行けないと言う・・・価値観・考え方に、納得できなかったし、この様な価値観で長生きしても、意味が無いと考えていた。

何故、悪いと思っている社会の変革を考えないのか????

勿論、己の力加減も有るが・・・無い力なら、無い部分でも、何かが出来ると私は考えている。

村八分だった、我家・・・又、異端児で嫌われ者の私でも、地域を私が考えている良い方向に己がどう振舞えばと考えて、生きている。

今、戦争が話題に成っているが、問題の本質は、個々の人間の心、命に存在していると私は考えている。

お金は、生きる為に必要な最低限で十分と思うし・・残った、時間は、当然、何かに使うことに成る。

この残った時間が、多々ある人が、一流だし、優秀な人だと私は、思っている。

三流の私の場合、生きる為に要るお金を稼ぐにも、多くの時間を必要とする。結果、それ以外に仕える時間が少ないと成る。

日本国は、何度も書く様に、一流・優秀な人が多いと言われる・・それなら、余った時間を何に使っているかで、社会も大きく変わる。

この部分が、若し、己為・金儲けと言う価値観なら、鬼畜と等しい言う事に成るし、一流・優秀と言う意味も、鬼畜としてと言う前提に成る。


平時に・・・・

 嫁も職に復帰・・・・平時に戻りつつある。

その分、息子二人を起こす作業が、私に成り・・・大変・・・

息子達も、働く意味が、己の為に成っているので・・・己の都合が最優先される。

己を養う・・・この部分は無い・・・理由は、親に依存していれば食べる事は出来る。

住むと言う部分も、同じに成る。

結果、己が欲しいと思える物が有るから、働く程度の、思いしかないので・・・働くと言う思いもその程度と言う事に成る。

その証拠に、四男、離婚前は、必死に仕事をしていたし、仕事も、アルバイト等々、増やし、朝も5時起き等々・・・頑張っていたが・・・

離婚後は、五男と同じ仕事の捉え方に成ってしまった。

之が平時と言う事自体が・・・三流の家庭と言う事にも成る。

各々が劣っているので、結果的に、誰かに迷惑を掛けていることに成る。

しかし、処理する側は一流で無い、三流の劣っている立場と言う事が、面白いと思うし、当然と言う事にも成る。

一流で優秀な人だけの世界なら、何の問題もおきらないと思うし、何の事件も起きないと私は考えている。

その点、日本国は、一流で優秀な人が大勢を占めている国・・・誰も不満を抱く、問題等も無い筈だし・・・全てが滞りなく気持ちよく進んでいると思う。

理由は、日本国の基本に成る。相互扶助と言う部分も、各自で当然と行っていると思うし、その様な世界が日本国と言う事に成る。

しかし、私が肌で感じる、狭い世界に成るが・・・私の周りは違う、自称、一流・優秀な人が多々居る状態で・・・結果として問題は先送り状態・・・簡単に書けば、問題が鬱積し続けているし、それを処理すると思うと、不可能と思う程の、量だし、減らす以上に増える量が多い事に、驚くことに成る。

仏の顔をした、鬼畜と思える人が多いと言う事にも成る。

鬼畜でも得意技が有るし、その部分は仏より優れている事も有る。要は、見える部分は、鬼畜でも優れている部分が有ると言う事・・・

仏とは、己の力は何の為に使うかの違いに成る。仏なら、当然、○○に使うと思うのが、一般的な人だと思うが・・・・何故か、それを、出来ない、一流や優秀な人が多いのが、私の周りに成る。

要は、仏を目指さず、鬼畜を目指した生き方に成る。

最近、流行っているアニメ・・・鬼滅の刃の人が鬼に成る・・・私の周りの場合、全ての人が、鬼に成る事を求めている事にもなる。

結果、鬼に成れないと言う方向での、悩みに成っているし、その為に己の力を求めている。

何度も書く事だが、人は何処に向かっているのか????・・・私の危惧に成る。


今、戦争が世界的な問題に成っている。優秀であると思う、国のトップが、之を行っている事に驚くし・・それを賛同する、一般市民が居るから、可能に成る。

鬼畜として優秀と言う事なのか????・・・国民は鬼畜としてのリーダーを求めているのか????仏としてのリーダーを求めているのか???

勿論、人の姿をしているので・・・それを見抜く目を育てて要るのか????

人とは、変われる存在・・・変わるなら、どの方向なのか???が大事だと思う。

人の本性は、私の場合に成るが、鬼畜だと思っている。勿論、三流の私の場合だから、一流や優秀な人は違うと思うが・・・

私の場合、追い込まれれば、当然、鬼にも野獣にも成ると言う事に成る。この状態に成らない為に、己の本性を消す、方向性を意識し続ける事に成る。

事を起こす、事は当然、後片付けが発生する・・・しかし、起こす立場の人は、この部分を考えていない場合が多い・・・・勿論、利なら取ろうとするが・・・絶対に負も発生するこの部分は????・・・放置、このパターンが勝つ事を意識した行動パターンの人には多い感じが、私の周りからだと感じる。

面白い事に、勝つ事を意識している人は、格好や体裁を気にする。当然、汚れ負を嫌う・・・若しこの様な人が、一流や優秀と成れば・・・それ以外の人は、この様な人に頼る事が出来るか?????元々がその様な部分を嫌う人・・・除外される事は、誰しも想像できることに成る。

食虫植物と同じと言う事にも繋がる、虫が好む、方向に進化した・・・理由は虫を食べる為・・・・何の為に、身を飾るのか????当然、理由が有る。

人も生物・動物である。しかし、その部分は克服したと言うスタイルを示す人が多いが・・・現実は脱却できていない。

何故、身を飾るのか????当然、貴方の為、周囲の為と表向きは成っているが・・・本当だろうか???・・・・・

何が勝ちなのか????これも、リーダーの捉え方に成る。

何度が書いているが、前回の世界大戦・・・・見方しだいでは、敗戦国に日本が勝者ともなる。理由は、有色人種の国の解放・・・第一次世界大戦後、日本国が世界に宣言したが、之が問題視され、西欧列強からの差別が一気に高まった。

結果、戦争に成るが・・・要は、この部分が出来た事に成る。

要は、勝者は勝てば官軍的に、敗者を虐げる・・・この価値観が、一気に変わることに成るし、その不満が、東京裁判で現れたと私は考えている。

結果、多くの国が、独立・植民地から脱却が出来た。

人は、基本的に、平等・・・この意識を根差させた切っ掛けが日本と私は考えている。

今回も、昔なら、親分の国が求めたが、子分だった、国が拒否した・・・之から始まっていると考えている。

一度、独立したが、属国化を求めていると言う事・・・・

勿論、親分側にも理由が有る・・・寛太に書けば、独立した子を、又、俺の子として振舞えと言う事・・・子が生活できないから、親の管理下に入れると言う方向も有る。逆に親の方が大変な状態に成っているので、その穴埋めの為に、子を求めていると言う場合も有る。

この部分は、誰しも有る部分と思うし、普通の事だと私は考えているが、それを強制し武力で事を進める事が問題と思うし、本来なら、真心からの、施し・配慮でする部分だと考えているし、恩義理の捉え方、考え方に成ると考えている。

今回の戦争は、余りにも、親側に当たる、大国の我儘だと私は思っている。

昔、お世話に成ったので、恩を返すと言う方向で無い。

何故、「お互い様」と言う、精神が無くなっているのか???疑問が有る。

今後の、動きが気に成る。

大国は上手投げで、格好良く勝とうとして・・・結果は、出来なかった。

横砂相撲を目指したが、幕下の力士が、善戦している。

徹底して勝つと言う、価値観で、幕下が戦っているなら・・・他国から兵器を借りで、大規模に集まって居る、敵の隊列に攻撃を与える事も出来るし、そのチャンスが有るが・・・それを躊躇しているのか???相手の動きを待って切る様に見える。

考え様では、幕下が、横綱的、戦い方をしていると言う事に成る。

本来、横綱は受けて立つという姿勢が大事だし、受けても勝つと言うのが、横綱の意味に成と私は考えているが・・・・横綱で有る筈の大国が、どんな手を使っても勝つという手段に成っている。

二国のリーダーの相を見ると、何方が横綱かと疑問も私の場合出て来る。

小国側が、受けて立つと言う覚悟が有るし・・それも、決死の思いが見える。

大国側の・・横綱で有る筈の、リーダーが焦り・不満・恨み等々の、思いが見えるし、逆に武器を多々持っているので、怖いと思わせる部分にも成る。


勝つ為に事を起こした、大国・・・落としどころ、後片付け部分も、世界的配慮が必要に成っている感じがし出した。

基本、脅しで、勝って来た国・・・戦えば、泥沼・・・又は負ける・・・

ヤクザ以下の、チンピラの振舞いで事を薦めている感じが私にはします。

要は、ダッダ子の振舞いと言う事に成る。

この様なリーダーが許されるのも、体制の形だと私は考えている。

要は、民衆の民度と言う事・・・鬼畜的寄生虫なのか・・・仏的宿主なのかの違いに成る。

結果、人は、どの方向を目指し、目標として生きているのかに成る。

最終的な、答えに成るが・・・各自の、価値観、考え方に成るし・・・何が利が得かの捉え方に成る。