2021年3月14日日曜日

近代史は己で聞く事・・・

 私は、疑問に思う、興味を持ったら、聴くことに注視する。

知らない、勿論、間接的情報等では知っていても、それは事実かどうかは、人で変わるし、尋ねることに成る。

同じ、行事の趣旨も、聴く人で変わる・・・何が正しいかは、己で判断することに成る。

理由は、事柄に追われ、趣旨を忘れ、事を処理する、これに邁進する人も居る。

結果、目的や目標等の趣旨が判らない、状態も事柄も多々ある

私の年代は、戦前に生きて居られた人との接点が強い、年齢に成る。

戦前・戦中・戦後と話を聞くことが得きる。

特に大事なのが、一対一で聞く事・・・どうしても多数に成ると、飾る方向が出て来る。

私は、三流で無知、知らない事が多々あるので、何故と言う疑問と共に尋ねることに成る。

私の嫁の、伯父も、戦地に行かれ、色んな事を経験され、それで得た、事も多々あると思うし、それを、聴きたいと、何度も訪ねて、最終的に出た言葉は、戦争ほど悲惨なものは無いと言う事・・・

しかし、この部分は、昔から言われていた部分、この思いが有る人達が、何故、再度この状態にしたのか?????当然、理由があると私は考えている。

以前、この時代に生きた人から、日本人は特別に、白人の権限が与えられていた・・・バス等に乗ると、当然の様に、白人の為の席等が有るし、有色人種は、乗れない、座れない等々が、当然と有った。この時代に、名所はく人格を与えられたのが日本人と言う事に成る。

この矛盾を訴えた、国際連盟の場・・・当然、白人が支配している、場で、異端扱いを受ける事は、誰しも判ることに成る。

特別に白人各を与えた、有色人種の日本人が何を言うのか・・・我々に服従しても良い立場のくせにとなるのは、誰しも判ると思う。

日本国が進む道・・・残されている部分は、決まっていたと思う。

国際連盟を脱会・・・・そして、締め付けが始まる。

要は、世界の列強からの苛めという事に成る。

今も起きている、現象ともいえる・・・その為に、日本国としての振舞いが大事になる。

要は、有権者の思い・価値観に掛かっているのが、今後の世界情勢と言う事に成る。

民主主義と言っても、有権者の意向に成る・・・国が移民で成り立っている国なら、その移民も有権者に成る。

要は、家の力を増すために、力のある家に、女を嫁として、又はその他の立場で送り込む等々も、考えられる。

家を国と考えれb、想像が出来ると思う。

要は、人には、力の有る方向に向かう人と、力の無い側に向かう人といると言う事・・・

誰を信じたら良いのか???・・・当然わかると思う。

嫁を迎えに行き・・・車の中で、私が休みの日に事件が起きると言っていた。

殆どの入所者が精神疾患が有る・・・その全ての人に言えるのが、己の思い通りに成らないと、振る舞いが判ると言う特性・・・それを抑えさせる知恵が無いと嫁は言っていた。

要は、気に入らないと振舞いに出る、子の振舞いで、気分を害する人が出て来る。その我慢と言う、許容力も少ないから、精神疾患、大事に成る。

それを、目線が高い立場が抑え様とする、当然、反発が起きて、問題が拡大化する。

勿論、優秀で、一流の人は、己の思い通りに成らないと思っていると思うし、それを受け入れていると思うが・・・精神疾患の有る人は、この事を理解できないでいる。

理解できないから、直ぐに振舞いに出る。言動に出ると言う事に成る。

若し、この様は、価値観を持って、世間で、普通を演じられると言う事は・・・・運が良いと言う事にもなる。

現実の普通なら、精神疾患が有ると、診察されるはずである。

己を分以上に、装い、飾っていると・・・結果的に、精神が崩壊する。

勿論、それで、多くの富を得るかもしれない・・・しかし、私は不幸だと思う。

私は、色んな人と対話を試みる・・・すると、優秀で一流の人と、精神疾患が有ると言う人と、価値観はほとんど一緒である。

違いを探すのが難しい・・・・何が違うかは、運以外にないと成る・・・・要は人を越えた、存在と、装う事に無理がある。

勿論、運が良ければ、装う事も可能だが、何時まで続くかは判らない。

私は、己の分で生きたいと考えている。結果、何も頼ろうと思っていない。

嫌われ者なら、嫌われ者で生きてみせると思っている。

子供のころから、変り者、嫌われ者・・・これで、還暦に成る歳まで生きられた事に、感謝している。

一円、10円に泣く、生活を続けていたが、楽しいかったと思っている。

変わり者なので、大金持ち成りたい等々、想像もしない・・・生き残ればそれでよいと言う考えに成る。

この立場で、世間を観察すると、色々、見えてくる部分が有る。これが又、楽しいし、面白いと思う事に成る。



仕事車・・・

 居心地が良い、空間を作ろうと・・・今、仕事車に色々と、創意工夫を行っている。

室内空間の利用・拡大も、色々・模索中である。

内装等を取り外して、防音・防熱対策を行ったが、その隙間も無駄に感じている。

色々,楽しめるのも、仕事車の特徴となる・・・素材といて車・・・後は、各々の仕事等で便利な様に、楽しんでくれと言う部分もある。

又、前の仕事車から、取り外した・・・・ゴリラナビと交流100Vインバーターの移設が有る。

時間が来た・・・嫁を迎えに行く・・・仕事に頑張ってくれている。感謝に成る・・・


有明海沿岸道路・・・大野島開通・・・

 今日14日は午後3時から目の前に見えている、有明海沿岸道路が、大野島迄で走れる様になった。

当然、道、特に橋を楽しみたいと・・・向かった、金欠の私に有難いのが、通行料金が無料・・・懐を気にすることも無く、利用できる部分に成る。

有明海沿岸道路・・・私が聞いた話だと、有明海を一周する周回道路と昔、聞いたことが有る。

夢の様な計画だと思っていたが・・・その為には、福岡県・佐賀県・熊本県・長崎県と、県を跨ぐ、大事業に成る。その一部に成るが・・・福岡県内は略、開通したと言う事に成る。

後は、熊本県は、天草に向けて、道路の増設・・・長崎県は、紫原らから、佐賀の鹿島に向けての工事に成るし、佐賀県内は、鹿島に向けての増設と、噂では、唐津に向かう、構想もあると聞いたことが有る。

高規格道路・・・自動車専用道路と言う事に成るので、歩行者等の人への気を遣う部分が、大きく減る・・・・

スピード域が大きく違う、もの同士が共に走る、この危険性は事故につながる。

生活道路も必要だが・・・この様な道路も、私の様に、五感が鈍ってくる人の場合、気を使わない為の、疲労度の減少にもつながるので、良いと考えている。

勿論、私はドライバーの為に、その様に思う・・・

しかし、今日は、開通日と言う事で、大渋滞だった・・・・大川に入り、直ぐに込みだした。

初物を好む、人の多い事に、驚いたが、その一人が私と言う事にもなる。


初物を経験する・・・この歳に成ると、あと何回と思う時も有る。

要は、一瞬・一瞬を真剣に楽しまなければ成らないと言う歳に向かっていると言う事にもなる。

何を楽しもうか????・・・ウキウキ・ワクワク・・・この感覚を忘れない様にするのも、大事だと考えている。

片道切符、他の人と違う楽しみ方を探す、これも、異端児・変わり者の醍醐味だと考えている。

大川の沿岸道路から見える、橋は全て渡った事に成る・・・・生きていると、新たな事が出来る、感謝だと思います。



人が人として生きる。

 現代は、人が人として生きる事が難しくなっていると言うより、この部分を否定し続けたのが、戦後の日本である。

戦前も民主主義国家であった日本・・・何が大きく変わったか???・・・自由主義の捉え方・考え方が変わったと言っても良いと考えている。

私は、古い人間と言われるし、それを卑下もしていない・・・理由は、歴史・文化を大事だと思っているし、それを、後世に伝える義務が有るし、一旦、我が範疇に入れば、己なりに改善・改革等を、行えると考えている。勿論、大きくは変えない、しかし、些細な変更を続ける、これが歴史の積み重ねだし・・・文化の発展と私は捉える価値観を持っている。

何故、歴史・文化を書くのか????・・・人が人で有ると言う事は、この文化と歴史が大きく関与しているからだと私は考えている。

動物と言われる、犬や猫・・・・歴史を理解できているか????解っているか????・・・当然、文化が有るか????・・・個々に日々を生き抜くこの部分だけで生きているように私には見える。

人が人である、理由に、歴史・文化を持っているか????・・・この部分が問われると思うが・・・近代は、戦後、この部分を崩壊させ続けてきたのが、日本国に成るし、結果、人が動物として生きる、この生き方で何が良いか・悪いかの、価値観に向かてしまった。

良いと言う事は、当然、物質的に欲を満たしていることだけに成る。悪い方は当然、己の欲を満たせないと言う事に成る。

この事は・・動物の犬でも同じだと私は思う。

要は、犬が思う、己が良ければ、これが出来る力が有る方が、優秀・一流と言う、動物的、考えようでは、畜生的、価値観と言う事に成る。

人が畜生に己から成ろうとしている。この様な価値観なら、戦前と言うより、明治・江戸時代は、人々は、不幸だったと捉えてしまう・・・捉えれば、間違いと思う事に成る。

私は、昔、堀の水を飲んだ・・・これを現代なら虐待行為と捉える人も居る。

私は、近所の果実・特に柿を取って食べた・・・現代なら、窃盗と犯罪行為と直ぐに捉え駄目となる。

私の伯父は、戦地で亡くなっている。その当時、脅迫され嫌々で戦地に向かったと思う人も居る。本当にそうなのか???・・・

若しこの要な価値観を持ってしまえば、当然、人様に背を貸す人には成らないと言う事にもなる。

私の伯父は、頭が良かったとの事・・・戦地に向かう時に、幼い私の父に、大学に行かせてやりたかったと言っていたとの事・・・

要は、国力等の力加減も知っていた、伯父が負けると解っていた戦いに向かった。

理由は、己で家族を守る為に、己の分で何が出来るかを考えた結果だと思う。

当然、その時代は、本籍地からの出征に成る・・・・宮崎の力、今私が住む、この地から出征されている。共に行く、戦友とも初めて顔を合わす事に成る。

言葉の、方言も大きく違う、中で、戦地に向かわれた事に成る。

その様な先人が居るので、私は、この時代を預かっていると言う捉え方をしている。

預かった物、バトンだと言う事にもなる。これを、渡す為に生きているし、そのバトンとは歴史・文化に成る。

勿論、家・一族・親族・又は地域・等々の、文化と歴史に成る・・・・

この部分を、無価値にする、教育が、戦後行われ続けた。結果、今日、地域保全のお手伝いに伺ったが・・・・墓守も居ない時代に成ったと、嘆かれる人が多かった。

当然、私の年代が、若者となる・・・私より若い人は、誰も居ないと言うより、興味を持たれないと言う事に成る。要は、歴史・文化の継承等、考えていない、又は意味が無いと捉える教育をされたと言う事に成る。

田舎の為に、この様に嘆かれると言う事は、家としての教育もされていたと思うが・・・それ以上に、影響力が有った教育が有ると言う事に成る。

要は、この方向はキツイ・苦労する・・これを求めろと言う価値観が無くなったと言う事、動物と同じ、虫と同じで、甘い水に向かうと言う事・・・

継承・徹して守ると言う、概念が無くなったと言う事、この時点で、もう人では無いと私は考えている。

勿論、その能力が無ければ、仕方がない、しかし己の、欲・傲慢さが、この方向を否定するなら・・人でないと言う事・・・

人は、この様な、負の部分と思える方向を背負えるから人だと私は考えている。

何故か、今日、御一緒した人たちから、跡取りが居ても、意味がないと言う、言葉が多いから、要は、子を育てても意味が無いと、言われていることに成る。

当然、少子化に向かうのも理解できることに成る。

仮に、私の伯父は無駄死にと言う人も居る・・・しかし、祖父は、一番の親孝行者と言って居られた。理由は、国が、生きていたら当然、出来た、親孝行を代理してくれた、勿論、お金という形で・・・・

今なら・・・親孝行等する子が居ない・・・子が、国を背負い、死んだなら、当然、国もその時だけの保証で終わっても問題ないと言う事にもなる。

私が知っている、家は、戦地で父を亡くし、残った、母と子・祖父母が、国からの手当てで生きられていた家も知っている。

要は、子として親として、死んでも、その義務、稼ぎを家に入れる・・これを行われたと言う事にもなる。

要は、家族の為、家の為に、徹して守った結果が、この形を作ったと私は考えている。

要は、己以外の為に生きた、だから、その報いが有ると言う事・・・・

現代は、報いと言うより、対価しか興味を持たない・・・その為に、今回の地域保全等に、興味を示さないと成る。


私が、危惧している部分が、この様な部分・・・人が動物化すれば、当然、家も無くなる。一族・親族も無くなる・・・最後は、国も無くなる。

亡国の価値観だと危惧している。


今回は、これ迄・・・・人が人として生きる、これを困難にする方向に、社会も向かっているし、それをリードしているのが、PCの世界に成る。

心配していた三男・・・

 心配していた、三男が昨日は朝から夕方まで、我が家に居た。

若嫁に、離職したことを言って居ない為に・・仕事に出たふりで我が家で一日過ごした事に成る。

勿論、予想していた事なので、驚くことは無いが・・・予想通りに成るこれも気分が良いことではない・・・・

私の息子の中で、三男が一番、己の分を理解していない・・・己を過剰評価しているというより・・・解り難いが・・・己は偉いという部分から物事を判断している。

結果、王子様的、立場と思っているという事・・・・しかし、現実は、駒使い・・下働き・・之が彼には許されないと成る。

上の兄たちに比べ、学歴も有る・・資格も有る・・だから偉いと言う思いが強い・・・

要は、肩書を持ったら駄目になる・・性格と言う事にもなる。

私は、今も左手が骨折している・・・それでも重い物等を、持とうとするし、人を当てには出来ないと考えている。

何度が書いているが、自業自得と言う考えに成る。

右肩も障害手帳が有るほど、問題が有るが・・・それも自業自得、世の中で生きる為には、痛いからと何も出来ないとは言えない・・・又、それを解っている人が居ても、現実の息子達さえ手を貸してくれないのが現実である。

しかし、彼は足が悪い、その部分も、周りがホローすると言う教育を受けている・・勿論、私は甘いと教えたが、今の学校教育は、私と逆の事を教えている。

要は、劣っている、弱い、立場は、社会が守ってくれる、配慮してくれると思っている。

結果、その様にならないので、常時、不満が有るという事に成る。

要は、王子様で体に問題がある・・・周りの取り扱いは????・・・これを期待しているという事に成る。

本来、受け身の体質なら・・・どう取り扱われるかも、まな板に乗った鯉と己を思っていればよい事・・・・殺されても仕方がないという事・・・

しかし、その覚悟がない・・・上の息子たちは、肩書・学歴は無いが、覚悟が有る。

要は、庶民としての、最低限の覚悟が有るか???・・・無いか???の違いに成る。

無いから、体裁を飾る、当然、嘘と言う事にもなる・・・嘘がバレそうになると、世間が悪い、周りが悪いと思ってしまう、価値観を持ってしまっている。

己が悪いと、成らない価値観が何故、彼に有るのかが、解らないが、社会の怖さでもある。

我が子だが、何が影響し、この様になるのか????・・・と・・成る。

現代は、偉い・立場が高いと言う、考えが、己を滅ぼす・・・理由は、どんなに偉くても、家庭人である。

家庭の中の下働き、尻拭き・後片付け等々も当然、行う事に成る。偉いからと放置できない・・・勿論、家政婦さんを雇える、人も居ると思うが・・・そのレベルでなければ、誰かが処理する部分を、当然、担うと言う覚悟が無ければ、家庭人としても失格に成るし、当然、社会人としても失格に成る。

この部分が、なぜ、彼にないのか????

要は、得ることに注視している・・・与えることを考えていない・・・

何の為の、勉強か???本来は、人様を幸せにするための、学びだし、最終的には己を守る。

肩書等も、本来は、人様を幸せにする責任が有ると言う証に成る。だから、人様が称賛する。

要は、得る側、食う側の、価値観、発想で支配されているので・・・与える側・食事を作る側の、価値観を、知らないし、知ろうともしていないと言う事に成る。

要は、餓鬼的、価値観だと言う事・・・・当然、環境は地獄と向かう・・・・

しかし、彼を責める事もできない・・・理由は、何の為の学びか???と子供たち聞くと、略全てが、己の為と返ってくる。

何度も書くが、仮に己に色々投資する、この様な価値観なら、惜しくもないと思う。

しかし、現実的に、会社に投資を考えた場合・・・何時、死ぬか判らない、人間・・・何時、病を患うかも判らない人間・・・最後は、当然、老いて機能不全になる・・・一番輝く年数は10年ほど・・・この様は、会社に投資するか????・・又投資したら、何時資金を回収するか???・・・考えると思う。

しかし、何故か、己と成ると、この考えが甘くなる。

中には、病にも成らない、死ぬことも無いと、思っている人も居るし、この部分を意識から消している人も居る。

要は、人間としての本質を隠す、これに、投資が出来るか???・・・私は出来ないと考えているので・・・今、何が人様に出来るかを考えるようにしている。

要は、生きれるだけの環境が有れば、後は、人様・周りに何が出来るか???これを考えていた方が、楽だし、幸せと感じられると言う事に成る。

三男の怖さが、動物の目に有る・・・要は、心・命を表す部分が目に成る。

人間も動物である・・・その為に、己の為と言う、本能が有る・・・この本能が命ずるままの価値観なら、当然、目つきも動物化する。

夢・理想だが、仏の目をした人に、会いたいし、その目が欲しいと思っている。

動物的目をした人、死んだ目をした人、このレベルの人しか、会ったことが無い・・・

上の子供たちは、世間からは、悪ガキと言われ・・・学歴もない・・・・しかし、彼達には、命を懸けて、守らなければ成らないと言う人が居る。

その思いに、彼が背負っている人たちも、彼の背中の範囲内に留まる努力をしている。

幸せだと私には見える。

四男は、覚悟が決まったが・・・己の背中が狭い・・その背中に、多くの人が乗ろうとしている、それを感じている四男は、不安・怖さが有ると思うが・・・歯を食いしばって耐えているように今は見える。

その為に、当分は、我が家に来なくても良いとも考えている。

現代、少子化で、特に、人を背負える、子供が居ない・・少しでも背負う思いが有ると、一気に多くの人が背負われに集まってくる。藻掻き・苦しいとは思うが、耐える事しか今は無いと私は考えている。

四男も、若嫁の親族間で、良い若者が来たと、期待が彼に向かっているのを感じていると思う。

当然、少子化の為に、その期待は大きいい・・・それに対応できるか???・・・彼の今後に成る。


私の息子の中で、一番、気がかりな三男・・・理由は、甘えに有る。

勿論、親として、私の責任にも成る。軽い小児麻痺で足が悪い、この部分が、育て方に甘さが有ったと、今、後悔している。

世間がどうであれ、私は私の育て方が有ると、行ってきたが・・・三男だけは、対応が甘かった。

又、上の兄達も、体が小さく、弱い、弟を、守り続けていた。

三男も社会人と成れば、特に、前のガススタは、地域のガススタ・・その為に、三男の体の配慮もしてもらっていたが・・・それを良しと思わない、三男は、荒波の世間に出たが、結果は????・・・・散々たることに成っている。

私は、子供に、己の分を知れ、これが口癖に成っている。

要は、己の劣ってる部分を知れと言う事・・・これを知れば、己は当然、三流となる・・・

この出発点が変わると、当然、己は良い、悪いのは周り・世間という、捉え方に成るし、その方向性は、地獄に向かっていると言う事にもなる。