2019年6月14日金曜日

貧困・・・

昔は、貧困だった・・戦後・・・世界からの支援を受けてたし・・・私もその支援を受けてたし・・・脱脂粉乳等々が体の一部に成っていると思う。

しかし、その時代に、貧困を感じた事は無い・・・周り全体が同じ、様な状況だし、比べるもので・・・違い・レベルの差を感じての部分に成るので、貧困さを感じなかった・・・

我家にもテレビが来て・・・目で得る情報が、増えだす。

夢の様なものが、目から情報として入る、特にアメリカのホームドラマ・・・凄い差を感じたのが、現実である。

生きる事、食べる事に必死だった時代がある・・・・当然、自己保身に向かう可能性が高いと思うが、何故か、お互い様、的、考えが一般的で、助け合い・守り合いながら生きていた感覚が有る。

「武士は食わねども高楊枝」このプライドが有った、感じがする。

目から、入る、情報等で、目標が、アメリカ的生活に成る・・・それに向かい、必死に経済を発展させ、貧困から脱した。

当然、力が付けば、奉仕し等々も、大きく出来るようになると私は考えていたし、色んな、ボランティア等々で、世界の恵まれない人たちへの募金活動にも、頑張った時期が有る。

世界から受けた、恩を返せる、時が来たと感じたからの行動に成る。

しかし、声を上げ、頑張るが、興味を持つ、人は、僅か・・・奇麗で裕福そうに見える人々が、目の前を、何事も無かった様に、通り過ぎる姿が、何故か目に焼き付いている。

この傾向が、何故か、発展している、都市に向かうほど、強くなる。


何かに追われ、それから逃げる様に、必死に成っている様に、私には見えた。

世界から、凄い、経済大国と言われた時代が、この様な人の世界だったという事に成る。

世界から、支援され、必死に生きていた時代の方が、人の心に、温かみが有ったと私は感じている。
勿論、悪い部分も有るが、人間味が有ると思う。

しかし、現代は、人間味より、損得勘定が最初に出る。何度も書いているが、算数的、無機質な数字が、人の感じがする。

時々、私に、何故と、疑問を持たれる人が多い・・・しかし、私は、人を基本に考えているので、人間味を感じない色んなシステムを信じていない。

人間は、恩を感じる動物だと思うし、何度も書くが「生老病死」から逃れる事が出来ない宿命を背負っている。
この部分を基本に、物事を組み立てる事にしている。

恩を与える事が出来る時は、それを邁進する。
それが、その後、人様の手が必要に成った時に、生きだすと信じている。

この部分を、信じなければ、人間としての価値観を得る事が出来ないし、之が否定される時代に成れば、人間として、生きる世の中で無いという事に成る。

人手が居る時に備え・・・後継者を出来るだけ、創る努力も居るし・・・之を怠れば、老いる事が出来ない、価値観と成る・・・・

又、同時に、後継者としての、使命も有る。この部分に気付くためにも、先の部分が大事に成る。

要は、お互いさまと言う事に成る。

動ける時に、何を行ったが・・・大事だし、それが結果に繋がる。






天候が・・・

梅雨時期と言うのに・・・今年は雨が少ない・・・

田舎に住む私の場合・・・周りは田んぼ・・・田植え時期に成る為に、雨量が気に成る。

周りが良ければ、当然、良い環境に成る・・・・・・その周りは、百姓さんが多いし、その事は、梅雨の、雨量も大事に成る。

雨量が多いと、問題に成るし・・・少ないと又、問題に成る。

丁度良い、範囲がある様だし・・・それが治水のインフラの能力で決まる事に成る。

何事にも、この様な許容範囲が有る。

人も同じ事に成る・・・広い人も居れば・・・狭い人も居る・・・・・

私は、基本、力が無い為に、狭い方だと思う・・・その為に、広げる努力も必要と考えている。

自分の基本の許容範囲が解れば・・・背伸びできる、高さも自ずと決まり出す。
この部分が、何度が書いている・・・私は地面すれすれの、低空飛行と言う事に成る。

足は出せば、地面に着く、位の高度と言う事に成る。

許容範囲だから、慌てる事も無いし・・・大きく悩むことも無い事に成る。

しかし、家族が居る、親族が居る・・・守るべき人が居れば、その人達の考え、無理等々が・・・結果的に、私の場合、自分の身の丈を超える為に、悩みと成る。

個人の身の丈・・・家族の身の丈・・・一族の身の丈・・・等々を、知れと私は、家族に言っているが・・・この部分より、世間に風潮されている部分を、何故か信じる方向性が有る。

世間の人達が、出来る事だが・・・私は????・・・この考えが必要と私は考えている。

若し、身の丈を超えた、高さ・・・高度が・・・世間の風潮なら・・・当然、何かが有れば、地面に向かって落ちる・・・足が着かない高さ・・・痛いを超えて、死ぬ可能性が有る、高度に達していれば・・・当然、悪あがきをし出す事に成る。

この行動は、自己保身の本能に成るが・・・身の丈を超えた為に成るし・・当然、分を超えている為に、嘘や悪知恵を総動員する事が、自己保身に繋がる事に成る。

以前も書いているが・・・分相応で有れば・・まな板に乗った鯉状態でも、怖さが無い・・・

格好よく言えば、この状態が、威風堂々かが、人の生き方だと私は考えている。
勝つ・この方向性の時は、謙虚さが大事に成る。
負を背負う、この方向の時に、威風堂々という、言葉が有ると私は考えている。

まな板に乗った、鯉が、威風堂々としている・・・凄いと私は考えている。

それが、出来る条件が、身の丈に合った・・・・生き方を、自分も含め周り全てが行っているかに成る。

誰しも、安全高度が有る・・・・不幸とは、この高度を無視した結果に成る。

私の考えでは、家族を守る立場と思えば・・・飛行機本体に成る・・勿論、飛び続ける責任も有るが・・・人間として、不可能に近い・・・その為に、各自の身の丈を考えて、誰に、合わせるか・・・これも大事に成る。

若し、この高度なら、ある人は、生き残れないと思えば、高度を下げる事に成るが、その部分が、難しいのが現在の風潮に成る。


優秀な人に合わせる????・・・劣っている人に合わせる?????・・・平等意識が有っても、難しい、判断に成る。

私は、長けている人は、私が飛ぶ、高度から、上を目指し・・・私を踏み台にして上を目指すと考えている・・・その為に、長けている人に合わせる必要はないと思う。

又、その様な、行動を起こすのが、青年期だと考えている。

勿論、その様な行動をしても、何時かは、守るべきものが出てくれば、振舞い方を変えて行くと信じている。

時期と言うものも存在するし・・・自分の時に合わせる行動がも、必要に成る。

今の時期は????・・・・之も、大事な生き方になる。

人の生きたに成る・・・何が正しいかも、各自で変わる部分に成る。

自分の、立場、与えられた責任・・・之も、変わって行くのが、人である。

徹して、死守する・・・このものも変わる・・・・