2021年11月4日木曜日

息子達も頑張っている。

 長男が、お腹を満たし仕事に戻った。当然、食器は私が処理することに成る。

夕方、四男から、お迎えの連絡・・・職場に向かい、お迎え・・・・

車の中で・・・二つ目のバイトを今週の土曜日から始めると言っている。

仕事は、塗装業・・・以前、バイトでしていたが、彼の能力が長けていると、塗装業を勧められていた人から、時間が有る時で良いので、手伝いに来てと言われていたとの事・・・

今回、その誘いに乗ると言う事にも成る。

彼も、生活が厳しいと思う・・・21歳で妻子を持ち、二人の娘・・・彼の分を大きく超えていると、親の私は思うが、嫁里の親達は、子供を信じる、又、信じなければと言われる。之は、先のブログにも書いているが・・・親の勝手の思い込み・・要は期待している事を信じていると言う意味と私は思うし、当然、四男もその様に捉えている様だ・・・

しかし、嫁里の思い描く様な事は、彼には無理・・・勿論、今と言う時間軸に成る。しかし、それに応えようと、結果的に、嫁里に対しては良い顔を見せる、演技をすることに成る。

己の本当の姿が見せられない・・・之ほど不幸な事は無いと私は考えている。

車の中で、彼の話を聞く中で、本業も残業が無くなり・・当然、月給は固定給だが、残業手当が無い・・・それでは生活が出来ない事は、私の様な貧乏性な性格でも思える・・・

先月末から、生活が厳しくなっている事を察する事が出来るし、祖父の葬儀の時の、彼達夫婦の振舞い・・・金が有れば、何てこと無い事も、問題が出て来ると言う事は、生活が、困窮しだしたと言う事にも成る。

しかし、里親の信用と言う期待に応えようとする、四男・・・・私は偉いと思う。理由は、彼の分を大きく超えているからに成る。一般の人なら、出来ないと放棄する方向に成るが、歯を食い縛り耐えているのが、彼の日頃の笑顔から察する事が出来る。

我家に着いて・・・何時もの様に、母親と談笑している。

今日の私の本業の稼ぎ、数万円を彼の目の前に置いて、嫁に渡そうとした時の、彼の様相が、喉から手が出る様な感じに捉えられたので・・・母との談笑に、割り入って・・・「お金・・・大丈夫か・・・」と尋ねた。

彼から、正直に言えば、先月からキツイ、彼達はカードも無いので、借金を簡単に出来ない・・勿論、その様に私が仕組んでいるが・・・

嫁が、解った、幾ら今日は要る・・・私の母の様に、子の前に一枚・一枚と積み重ねていた。

四男の性格で、一枚で良い、彼らしい返答に成る。

その後、明日も有るから、明日は明日と・・・私が言って、その話は終わった。

最近、嬉しい事が有る・・・家に共に過ごして居た時は、親の施しに対して、「ありがとう」と言う、振舞いが出来なかった・・・不満・文句が有る様相に成る。

外に住むように成り・・・申し訳なさ・感謝の思いが、振舞いから出て来る。この部分は息子達が成長したなと思える部分に成る。

勿論、私達も多く人の施しで、生きて来られた・・・当然、その恩に応えようと頑張っているつもりだが、未だに返す事が出来ない、恩も多々ある。

その為に、世間様には頭を上げる事は出来ない・・・特に三流で力が無いと思える、私たちに、施しをして頂く、凄い事だし、凄い恩と考えている。

その一人が、先日亡くなった義父に成る。恩を返す事が出来なかった・・・その恩の返し場は、義父の血を引く子孫たちに成ると考えている。当然、私の子もそん中に居る・・・

義父に喜んでいただく、振舞い・・・難しいが、行い続けたいと考えている。

明日は、初七日・・・・嫁里に行く、その後、四男と塗装業をするので、作業着の調達を考えている。


我儘???

 急遽・・・お客さんの依頼で・・・予定が変わったと言う事・・・午後からの約束だったが・・・今直ぐ来てくれとの事・・・・午前中にリハビリ等の予定を組んでいたが・・私も急遽・・・変更して、仕事を終わらせ・・・その他のお客さんの件も済ませて、帰って来た。

午前中に予定していた。リハビリは後日に延期・・・ペットボトル、タッパ、新聞・牛乳パック等々の、処理と・・・・数日放置していた、流しの洗い物等々の、主婦業を行って、今終わった。

色んな事がされる・・・幸せな事だと思う。勿論、大変だが・・・体が動くと言う証拠に成る。動ける間は、動く・・・動くなら、何の為か????・・・之も大事に成る。

最終的に、義父も、灰に成った・・残った遺骨は大事にされると思うが、生きていた間の話しか、後世には伝える事が出来ない・・・後世に伝えられるなら、どの様に伝えられたいか????各自の勝手だが・・・私は私の思いが有るので、生きている間、動ける間を思いを叶える為に、行動したいと考えている。

今、長男が、仕事の途中、腹が減ったと来訪・・・・勝手にラーメンを作れと言って、放置している。


セビリに・・・・

 何時もの事だが・・・・外で暮らす・・・息子の一人が、セビリに来た。

理由は、色々言うが・・・己の嫁に言えない理由とは言わなくても解る部分・・・要は嫁にも見栄を張って、格好を付けていると言う事・・・汚い言葉で言えば、猫を被っていると言う事にも成る。

この様な振舞をしないと、一家が丸く収まらないと言う、一家にしている、その家の家長が悪いと思うし、それは息子に成る。

猫を被らず、有りの儘の振舞い、姿を見せる事が出来る、数少ない人が、母親と言う事にも成る。

息子達に、父親として、何時も説明、教えているが・・・家を出て、一国一城の主に成ると言う事は・・・社会で礼にすれば、会社を興したと言う事に成る。

勿論、借家で最初は一人だが・・・それでも会社と言う事・・・・

会社としての、社会に対して責任と義務が発生することに成る。

要は、個人としては責任も義務も感じない部分も、会社と成れば、感じ出すと言う事に成る。何故、会社に例えるかと言えば、私の妹が居た為・・・何故、私個人がと言う考えが直ぐに出る、特にそれが最初に出て来る。その為に、家と言う表現より、会社と言う表現の方が判り易い為に成る。

私は、未だに、家の代表として参加する場合、父の名前で、表記する・・それにプラスして新たに、個人として己を表記する場合も有る。要は、二つの香典等を、すると言う事・・・之を説明する為に、家と言う理由だと解らない為に、会社として表すと、妹も認めたくないと思うが、認めざるおえなくなる。

己の会社の誰かが亡くなった・・・当然、個人といて良い・・・

しかし、取引会社・又は親会社の社長が亡くなった。当然、己の会社内でお立場に応じるが・・・会社としての香典・・・個の繋がりとしての香典と、色々出て来る。

之を、息子達にも説明している、家を出たと言う事は、一国一城の主・・主としての責任と義務が発生する。

しかし、血縁等々、会社に例えると、親会社等々に成るが・・・何処までが???と成る・・・血縁の家と言う考えでは、我が地域では、四親等までと成っている。

それ以上で、初めて、個々の考えに成る。

要は、四親等までは、仁義をする事が、当然と言う考え成る。

本来、人とはこの様な事だが・・・現代は、人は物的に捉える人が多い、逆に会社・・・勿論、会社も法人格を持っている場合も有る、法人格と言う事は、人格が有ると言う事にも成る。

要は、会社も人として見る、考えると言う事・・・この部分では、解っているが、現実の人に成ると、己の好き嫌い等々で、決めている部分が多い・・・

仮に、儲けられない会社と取引している、要は、仕事をしても利益が出ない・・・しかし、その会社の社長が亡くなれば、専務が亡くなれば、部長が亡くなればと考えれば、損しているので、香典を出さないと成るか????

勿論、お金も無い、若しかすると、借金して香典を出すことに成るが・・・それでも香典の準備はすると思う。若し、之が会社の部分が無い、タダの人と成ると???

要は、一国一城の主と言う事は、己の好み・己の経済力等々に関係なく、するべき義務と責任が発生しだすと言う事・・・当然、家族が増えれば、義務も責任も、二乗で増えだすと言う事にも成る。

その為に、昔は、一匹オオカミ状態の、一国一城の主より・・・・妻子が居る一国一城の主の方が、信用が高かった・・・勿論、プラスして家族が居れば、益々、信用が高まると言う事、その高まり度は、二乗に成ると言う事に成る。

しあし、その分の義務と責任を果たさなければ、二乗で信用も無くなると言う事にも成る。

この部分も会社と言う形で、見て、考えれば、理解できると思う。

会社の規模で、信用が高まる・・・しかし、義務と責任も当然、増えてるし二乗に成る。その為に、少しでも反する部分が有ると、二乗と言うより、アッと言う間に、ブラック企業と言われることに成る。しかし、それでも商売が続けられると言う事は、信用も高いと言う事にも成る。

家も同じである・・直ぐい否定的な評価がされるが・・・維持し家を守り続ける事が出来ると言う事は、揺るがらない信用が有ると言う事・・・その為にも、最低限の仁義が必要と言う事にも成るし、出来る時は、必ず行う必要性が有ると言う事にも成る。

最後まで、一番、己に必要な人には、信用して頂きたいと言うの思いが有るなら、当然、振舞いも大事に成る・・・逝った母が言っていたが、仁義は借ってでもせろ!!・・これを私は守っている。

その努力を、近い人、己が大事に思っている人には、届いていると言う事にも成る。

後々、己の支えに成ってくれる可能性が有ると言う事にも成る。

今、世界は、経済的困難が続いている。その為に、色んな負の部分を先送りにしているので、今は保たれている・・・しかし、それを解消する時が近づいてきた。

当然、己だけでは、解消できないと成ると思う・・・支えが必要に成る時が来る・・・支えが居るか居ないかで、大きく変わって来ると私は考えている。

それも、今まで仁義を尽くしてきたかの違いに成って行くと私は考えている。