2023年7月3日月曜日

背負う事が出来なくなる辛さ・・・

 当たり前の様に、少々分を越えても、背負い続けてきた人生だが・・・まさか、己が背負われる立場に成るとは想像はしていても、想定まではしていなかった、要は己だけは逃れられる、交わせるという思いが、強方という事だし、その為にも、日頃、背負っていた部分も有る。

しかし、現実は、背負っていた状態で、背から下ろすことが出来ない・・・これは、今まで処理をお手伝いした、家庭でも言える事で、人の問題だが、結果として、一家の全てを背負う事に成る。

要は、人は一人に見えていても、色んな物を背負っている。これが、見えている部分だけなら、想定も出来るが、見えていない部分が多いので、他のことなど背負いたくないという、本音の部分が出ても仕方が無いと思うし、現に、私の今の現状は、背負われる立場に変わってきた。

結果、私は多くのものを背負っている、事が見える部分でも多々有るので、この私を背負おうと言う、人材が居ないという事に成る。

難しい問題で有る。負の部分を背負うと言うことは、後継者が続かない傾向に成るという事・・・逆に利の部分だけを背負っていれば、後継者は湧き出るように出現するという事に成る。

私が欲している。後継者は、当然、後の方向性の人に成るが、どの様に育てたら、育つのか???・・・現代の価値観なら、難しい問題に成る。

砂糖に群がる、蟻のような人間が増えているという事にも成る。

しかし、背負っているものが降りてはくれない。背負った状態で、私の体は、劣っていく・・・焦りが募るばかりに成る。

少しでも前向きにと、行動を起すが、その都度に、体の限界を超えて、寝込む事に成る。

要は、己の能力を超えた、問題が周りにあると言うこと・・昔は何糞と、頑張れば、不可能と思っていたことも出来ていたが・・・今は、今日できたことが、出来なくなっている状態・・・不可能の方向性が広がっているが、気持の部分に有る、責務だかは残り続けている。

先輩は忘れろとも言われるが、見えてしまえば、気になる性分・・・如何しても、分を越えていても背負ってしまう個性が、今の私の場合、身を滅ぼす方向に、向かっている感じがする。

老いたら、子の従えと言われているが、大人だな~~~と思える子が、中々育たない・・・・餓鬼のレベルの子に従っても、意味が無い・・・

元々が、自己中心・利己主義・現実主義の傾向が強い、女に力を与えすぎた、全体主義・社会の中でのと言う捉え方が、男に比べ、少し劣っている。結果として、私以上に差別主義者の人が多いと思うが、当然、平等主義者の様相をしている。色々質問すると、疑問に思わず、何が何でも我子が一番大事と言う、女性が多い、しかし、私は平等主義者と自称されている人が何故か多い・・・・人様の子が被害を受けた、この子が可哀想等々で、考えない、燃し我子が同じ状況だったら、許せないと言う感覚で判断されている。平等主義者なら、我子も他人の子も同じレベル・スタンスで捉えていると思うが・・・違う・・・これは動物的本能だと思うので、欠点とは考えていない、己の子が一番大事、これは動物の世界では当然・・・この部分が確り、人間も残っているという事・・・

しかし、以前書いているが、口では我子が一番大事と言うが、本質は、己が一番大事だし、自分には子を産める能力が有るというのも確り、理解してる。その為に、子と我とドッチの命が大事かという、究極になると、動物の世界だと、雌でも、最後は我子を見捨てると言われている。

要は、己が生き残れば、新たな子孫を残すことが可能という事が本能的に解っているからになる。

その点、男は、馬鹿で有る。貴方の子よと言われて、信じる、子供の為に命を捨てろと言われると、捨てる男は多い、この傾向性が有るから、己と関係性が少ないと思われる、国間の喧嘩の戦争さで、闘い、死んでいく男も多いが、何故か、女が生きていれば、子は生まれ続ける。

本能的に、男は使い捨て、利用されている間だけの、意味ある存在という事・・・勿論、動物の世界に成る。

人間の世界では、違うと思うが。それに近いと私は勝手に思っている。

ハーレムを作る、動物は、雄は子孫を残すために、ハーレムのボスと戦うことになる。当然負ければ、子孫を残せない、結果、闘いで死ぬ推すも居るし、それが当然の世界・・・

その分、雄は権威が有るような振舞が出来るが、それも、力が有る間になる。要は、雌・子を守れている間になる。

私の場合、この能力が無くなっている、代りに誰かが現れてくれればとの思いも有る、しかし、現実には居ない・・・・・

結果、世代交代が出来ない為に、老いてボロボロになっても背負い続ける事に成る。勿論、力が有れば、可能で有るが、力が無ければ、大きな負担として感じている。

しかし、最近は魅力が女性から消えている。奪い取ろうという来も起きない・・・若気の至りとして、若いときは有っても、歳を重ねると、負の部分の重さを知ってしまい、敬遠したいという思いが強くなる。

以前も書いているが、社会的に尊敬出来る先輩方が、何故か、離婚されている。退職直ぐにと言うパタンが多い・・・社会の第一線の戦士として戦って、その姿に私は憧れていたが、その分、家庭人としては失格となっている。単身赴任を続けられ、大企業である程度のポストに就かれ・・退職と共に、離婚、我家に帰られると成ったら、帰る家が、妻に渡し、退職金も分けて、身一つでアパートに住まれている、先輩が増えている。

何故か、社会的に成功した人の方が、この流れが多い気がする。

先輩が可哀想と、電話等をするが、一人の方が身が軽く、楽だと言われている。強がりとも思えるが、最近、本音で言われているようにも思う。

要は、立場だと思う。強い立場が、儲けるという図式・・・元々が日本の場合、家の中枢を家内と言っていた。、この家内とは誰のことは、当然、女、様は、家の急所を持っている人と言うこと、しかし、社会的な権限が無かったので、全て、家長の耳に一度は入る流れだし、当然、その時の、家内の家長の力加減で、判断されていた。

しかし、現代の家長は、責務だけの立場・・・権限が無い・・・全ての権限が、家内に成ってしまった。結果、家長の意見等々、意味を成さない・・・これを、法律や憲法で保障している。

増上慢に権限を与えすぎれば、大変な事に成るのは必然・・・

しかし、それを平等と言う・・不思議な世の中だと思う。

我家も父の代は、母が生きていた時は全て母親の権限が優先されていた。

父の意見等々、無に等しい・・・戦前の教育を受けた人達でもその様なタイプに成る。

家督制度が廃止され、当然、家長という立場も意味を持たないように成り・・・どうなるか????当然、家の崩壊、流れで、家庭の崩壊が始まっていく・・・

動物の雌は、強い、遺伝子を無意識に欲しがる・・・要は己の子が生き残れる確率が高まることが解っているからだと思う。

要は、弱い、その場の生存競争で、生き残れない遺伝子の雄など、香味が無いと言う事に成る。

優秀な雄すしか、遺伝子を残す事が出来ない環境に成っているのが、野生と言われる世界に成る。

勿論、管理された、家畜も同じで、人間が優秀と思える、雄の遺伝子か後に続かない・・・

環境に対応できる、強い、子孫を残す・・・これに長けている動物が、生き残れる。

人間は、環境に対応できない人でさえ、生き残れる世界が人間の世界に成る。

当然、これが前提なら、平等に判断できる。

しかし、現実は、動物と同じという事・・・

役に立たない男等、意味が無い存在という事・・・

人は、必ず、この部分を通過して行くが、それを見せない世界に成っている。

結果、己がまさか・・・この様に成る等々思わない人も居ると思うし、私もその一人に成る。

もう少し、寛容な人材を育てている事が大事だという事が、今に成って解ってきた。経済理念が一番大事と、損得勘定だけの世界だと教えすぎた。

結果、損から逃げる、交わす人材が増えすぎている。当然、己がそのポストに成らなければ、気付かなかったと思う。

本当に、金の切れ目は縁の切れ目と言われる世界に成ってしまった。

悲しい・・・お金が有る間は縁が繋がるが、体が思うように成らない、、損得勘定で損が増え出せば、お金が無い、切れ目に成る。当然、縁も無くなるという世界が今で有る。

怖い、怖い、不安で眠れない・・・・人の本音が最近見えだしたために、信じたくないと、祈っていたが、祈りも通じない事が最近解ってきた。

その人が持っている価値観、簡単には変わらない、先輩が言われた居た、30歳を超えると、変革は不可能に近くなると・・・その為に、己の価値観を若いときに修正、改善しなければ、一生のその価値観で生きるしか無いと言われていたが。その通りだとも思うように成ってきた。

人は、変われる時や時期が有ると言う事、そのチャンスを逃すと難しく成るという事に成る。



分が下がる・・想定外だった!!!

 分も変化する・・・当然事だし、当然、発展する大きく成る方向だけと思いたい、気持ちが強かった。

しかし、今の病に成り、分が、下がると言う事も解りだした。

以前、己を屏風に喩え、広げ方が有ると、書いていた・・・・凄い、絵が描かれている屏風なら、当然、広げたいと言う思いが強くなる。

しかし、広げすぎれば、些細な事で屏風は倒れる・・・・凄い絵でも又、価値ある絵でも、広げるバランスが必要という事に成る。

又、その屏風の、芯になる。体の部分が、弱れば、当然、広げる大きさも変わってくる。この部分を私は想像もしていなかった。

今は、私と言う屏風が有る。勿論、三流の為に、自慢するような絵は描かれていない、しかし、畳んでいても、屏風は倒れる・・・ある程度に広げないと、自立出来ない・・・・この部分での分相応の広げ方は解っていたつもりだが、元々の、屏風の芯が、壊れ腐しだしたら、当然、広げる大きさも変えなければ、自立は出来ないし、これで自立出来ている間は良いが、人の支えが無ければ、断っていられなくなると言う事が、大病を患ってから、初めて理解できたようだ・・・・

全てに、後継者や若い世代の担い手が必要という事・・・現前の死が待っているなら、当然の事なのに、なぜ、今まで考えつかなかったのか、老いると言う事を、よく理解してない、又は見てきていなかったことになる。

確り、先人達の人生を見て学ぶ、これが生きる指針に繋がる。この部分が無いと、浮き草稼業で、耳障りの良い方向に、直ぐに流されていく・・・

人が、蛍以下になっているのかも知れない「こっちの水は甘いぞ」「あっちの水は不味いぞ」これで、人まで動く・・・・

愚かで有る。当然、私もその中に属している。

趣味や、人様の為に動けるときは、我近場の周りの事など気にならなくなる。しかし、この部分が出来なくなると、身の回りの些細な事に気になり出す。「亭主元気で留守がよい」と昔は言われていた。

要は、家の事は、嫁が仕切る、その為に、家の中の事まで、口出しされたくないと言う意味だと思う・・・今の私は、これが出来ないで居る。

嫁や家族に申し訳ないと思う。見て見ぬ振りと言うより、見えないで居るときの方が、良かったと思うが、今の私には、それが出来ない・・・

本当の意味での寛容さが求められている。負や損を確り理解し、背負える覚悟が必要という事・・・それが三流の為に、出来ない、情けない人間だ有る。

勿論、背負える、力や可能性が私に残っているなら、無い勇気も出せるが、今は、その部分も無いし、今後は減り続ける、これが解っていて出来るのか???無謀な覚悟の必要に成る。

どうせ、死ぬ身と思えば、問題も無いと思えるが、その思いに成らない、弱い自分が居る。

どうすれば、寛容さが身に付くのか、やはり、一流や優秀と言うレベルに成らなければ、無理なのか????

自信は無いが、必ずその立場に成らなければ、人生の幸福感を得られることは無いと思う。

卑怯者の私、己の命が勿体ない、大事だと思ってしまう。これが、足を縛っているようだ・・・・

分相応の生活!!!

 最近・・・分相応を超えだしたために・・身が滅びそうに感じている。

祖父が、最低限の物を持つ、それ以上の物は最後は荷物になり負担になると私に言っていたが・・・その意味が最近、体で解るようになってきた。

先祖が残した資産・・・土地・建物等が有るが・・・この相続人は父の我侭で、妹に成っているし、父に意見を何時も言っていたのでその都度、欲しくないのか???等々、言う親だったので、欲しくないと口から吐いていた。

その為に、財産等が欲しいとは思ってもないが、先祖の遺産を後継の者に繋ぐ、その為に、生きていると私は思っていた。

当然、妹に管理棟出来るわけが無いし、妹も、面倒な部分は私に振ってくる。この資産を、お金と見える人と、後継の人に渡す、当然、血の繋がりと、私は、古いので思っている。

しかし、後継者が育たない・・・・結果、この資産を、守るのも、私の仕事になるが、今の私は、その能力が低下し続けている。

要は、家の守り手として失格だと成る。当然、先に書いている、後継者が~~~となるが、私の育て方の問題なのか????・・・守り手を育てる事が出来なかった。

今の私の家を守る・・・多々の能力が要る、勿論、お金で解決できるが、金欠の私は無理・・・・己の鞭打ち、何時まで出来るか???・・これも直ぐに限界を超えると思う。

役所と相談したいと考えていると、書いていたが・・・この部分に成る。

家に対して、何の施しも出来ない体に成ているが、目が有り・耳が有り、五感が有るので、今住んでいる、家や周りの住環境を改善したいと勝手に思ってしまう。結果、無理して、体を壊す。

以前は、それでも回復出来たので良いが、今は、回復より、悪化に流れていく・・・

結果、見えない処に、一人で、住みたい、生きたいと考えている。

家族には、100回1000回と同じ事を、言い続けてきても対処しない・・・私のブログを閲覧している人なら、私の性格では、諦めず、永遠に言い続ける特徴が私には有る。勿論、言っても対応しないから、私が処理する事に成るが、これが出来ない体になったので、考えに考えている。

尊敬する人から、後継者の育成が一番大事と言われていたが、後回しにしていたことが、今になって、後悔している。

今の病だと、最高の障害認定になれば、一級が頂ける、当然、介護してくれる家族が居ないとなれば・・・・要介護が直ぐに付く・・・又、仕事も出来る体でないので、生活保護等の保護も受けられる。

これは、今まで、地域の人達等の面倒を看てて来て、学んだこと・・・看る人が居ないとなれば、行政・国が動き出す。

今の私の病だと・・・この条件に簡単に入れる。

妹に、資産の事は全て任せて・・・私が家を出て、国の厄介になった方が、家族の為とも思うように成ってきた。

少しでも改善・少しでも良い方向と、出来るだけ、人様の手を患わせないでと思っていたが・・・この生き方が、バカだと言われる理由も解りだした。

頂ける権利が有れば、当然、頂く・・・この考えが普通の様だ!!!・・・・しかし・・・と・・・私が成るのが、問題なのかも知れない。

家族からは、生きる屍と言われるが、色んな下働きは私が行ない続けている。見えにくい部分かも知れないが、この部分を放置すれば、直ぐに、荒れ放題の、環境に成る。

簡単に書けば、人様から馬鹿にされている、その人の仕事、振舞はバカに本当にされるのか????されないのにバカかと表し続ければ、当然、その振舞自体がバカとなって行く・・・

現代は、その過渡期になっている。限界という事、当然、下々の面倒な部分を放置し、楽に裕福に暮らす人達ひとたちも、現代は居る。

しかし、その下働きの人々が居なくなれば、当然、世の中、荒れ出す事に成る。勿論、お金で解決できる、出来る立場は、良い環境のままだが、それが出来ない人達の環境は、世界中に有る、スラム街と言われる環境に向かい出す事に成る。

本当の意味、弱肉強食になるし、人間らしい、命が、己の命取りになる環境・・・鬼畜の命を持った、人が当然、頭角を現すことになる。

これを求めている事に成る。当然、そのレベルには己は成らないと思っているが、お金で解決の、お金の金額が当然、違う事に成る。

蛍光灯一本交換に、2万円の対価を払えるかになる。勿論、器具代は別・・・・雑用、下々の仕事が出来ないと言うことは、この様に成る。

それを、若い時から教わる、これが、家庭教育だと私は考えているので、子供達に、言うが、結果して、嫁が嫌がっているからと断ってくる。

結果、一人で、孤独に処理する事に成る。

この様な環境で育った子が多いためなのか????・・・ナット一つ緩めることが出来ない・・・どっちに回せば、ドライバーを回す物と思っている。回す前に押し込む力が大事だし、それが無ければ、ネジの頭が壊れる。勿論、六角ナットは押す必要な無いが・・・物で対処が違う・・・

数日前、ショックドライバー・・・ハンマーで叩いて回る、構造のドライバーになるが、四男に使わせたら、使いかも解らず、何故、回転するかの構造も理解できないために、結果的に使いこなせなかった。回したい方向に、手で力を入れてる状態で、叩けば、その方向に回るという構造・・・その為に、緩めたいネジにドライバーを入れて、回す方向を確認し、その方向に、ドライバー自体を手で回す方向で力を入れている事が最初に必要に成る。この部分が解らないと、幾ら、強く、ハンマーで叩いてもネジは緩まない・・・

これも、その都度、その都度に、何故??と疑問を持つ、これが大事になる。この部分が無ければ、何度も同じ経験しても、頭に残っていない。

要は、先のブログにも書いた、「ハイ」「わかった」で放置と言うより、忘れることになる。

人間は、何故という疑問を持たなければ、頭に入らないし、理解しない・・・様は、頭の中のノートに字を書いただけ、当然、どのページか等々も覚えなくて、その状態を続けているのが、単純に「ハイ」「解った」と答える人に成る。当然、結果は出ない、その時の理由が、忘れた・・・本当なのか、最初から覚えていない、何処に書いたかさえ覚えていない・・・書いているが、出てこないので忘れた。

完全に忘れ去られたら、感情の起伏も起きにくいが、記憶の何処かに、その単語が有ると成ると、感情が乱れ出す。救いは有るが、個々時点でも同じような、頭の記憶の癖で、又、行なってしまうので、当然、又忘れたとなる。

この様な人は、何故か、最近、多い感じがする。

悪気は無いが、大きな問題に繋がっていく。



芸は身を助ける・・・

 私は、長年・・「芸は身を助ける」と言う言葉を大事に、芸・特技・能力を高める方向が大事だと思っていたときが有る。

今は、少し変わってきた、己の体が、己の思う通りに動いている間は、良い、しかし、私の今の体は、私が今まで得た経験等々を、見せる・出せるだけの、力が無い・・・・

勿論、頭は未だに、問題も少ないために、指導や指示等々は出来るし、説明等も出来る。

しかし、己でそれが出来るかとなると、別問題になる。

五人の息子を育て上げたが・・・結果は、後継者が育たなかったことになる。

母は言っていた、優秀なら、国にくれてやれ・・・しかし、親元に置いとく子が居る、それはバカ程度が良いと言われていたが。今のバカと、昔のバカが違うようだ・・・

昔のバカは、己の事を考えないバカ、今のバカは、単純に世間知らず・・・

差別と思われるかも知れないが・・・嫁を貰うなら、無垢のバカが良いと母は言っていた。変な知恵が無い・・・真っ白な嫁が良いと、後、色んな色に染めることが出来ると言っていた。

勿論、妻と嫁とは、意味が違う・・家の女として、どの様なタイプが良いのか???その答えが、母の場合、先に書いているようになる。

要は、常識も普通も、家で教える、その為に、その他の常識も普通が邪魔になるという考えになる。

これも広く言えば、国間の違い・・国民性とも言える。

仮に、日本国で生活するとなれば、当然、日本人が良いと思うし、隣に居る人が、別次元の価値観の国からの人なら、当然、当惑等も有る。

燃し、一緒に暮らすとなれば、当然、己に都合が良い、合うタイプが良いと成る。私は黒、私は赤と、確り、見える状態なら良いが、見え憎い部分になるし、時と場合で、その色の変化も、育った環境で変わる。

一緒にと思うなら、当然、無垢な、真っ白な人の方が良いと成るが、その様な人は居ないのが普通・・・その為に、どの程度、色んな色に染まっているか????その強さ等が、今後の共々の生活に大きく影響して行く、勿論、現代は、男女平等と言われる。

考えようでは、男も無垢で、真っ白な人が良いとも成る。女の方が色んな好みの色に染められるからになる。

現実に、居るのか???・・・私は、居ないと思う。

だから、色んな色に対応できる、許容力が必要に成る。

しかし、先に書いた、場を繕うための、言葉、結果的に嘘になる、これだけは許せないと私は思っている。

仮に、その場しのぎの嘘だったら、その後、撤回等々、色んな方法が出来る。しかし、それも放置という事は、嘘を言ったことさえ覚えていないと言う事、この部分に腹が立つ。切羽詰まった嘘なら、解るが、それ以外の些細な嘘が、最近、私の周りには氾濫している。

何時も、思うのだが、気付かない人は、永遠に気付かない、結果、放置され続ける。気付いた人が対処できている間は、良いが、出来なくなった????誰が気付き、対処していくのか???・・・当然、気付くだけの人を育てているかも問われる。

今の体に成ると、お金が必要と思う、周りの事は昔は己で対処できていた。しかし、出来ない、気になる事が有るなら、それを、依頼する、しかし、簡単に「ハイ」と答える人より、対価を要求する人の方が、信頼できる様な気がする。

ゴミの片付け等も、お金と言う、対価を支払えば、行なってくれる業者も居る。

金欠の私は、益々、体が大事に成るという事・・・思うように動く体に成らなければ、世に居ること自体が出来なくなると言う事になる。

執事・家政婦・用務委員の人材を雇えるだけの、お金が欲しい・・・・


凄い、豪雨・・・・

 凄い雨・・・・豪雨だ・・・・我家は洪水の心配は少ないが、以前から、不安が有った。雨樋の、詰り・・・カラス等が、ペットボトル等を、落として、受け樋の水落の部分に、詰まって、溢れ出て・・・事務所二階が水浸しになり、一番の被害は、天下背のエアコンが壊れた。

この経験が有るので、時々、屋根に上り、受け樋の状況を確認・・・点検していたが、最近は、体調が優れないし、二階の屋根等に上がる、元気も気力も無く、息子達、特に、我家に居る、四男と五男に、天気が良い時に、点検の依頼を行なっていた。

しかし、今日の豪雨で、溢れ出ている。

事務所の軒からも、吹き上がっている。これ位なら、二階の窓から、軒に出て、点検できると、事務二階に上がろうとしたら・・・又、転んでしまった。又、胸を痛めたようだ・・・

嫁からは、危ないことをしないでと言われるが・・・切羽詰まった状態が、私の目の前で起きる。これを想定しているので、前もって、お願い等々、依頼も、丁寧に行なっているつもりで有る。

返事は、何時も「解った」「ハイ」しかし、現実は、これが続くので、念の為と、何度も言うと、嫌われるからと嫁から止められる・・・私の悪い癖だと言われる。しかし、ハイ・解ったと捉えていても、対処してなければ、問題は発生する。

私は、何時も依頼すると、問題点、出来ない点等々を、言われた方が信頼できると思っている。要は、その事柄に取り組もうと思ったから、出来ない理由を私に解るように説明している、当然、この部分を解消すれば、依頼が出来ると言うことになる。

営業も同じで、ハイ・ハイ・と言われると、終ったと言う事・・・・

色々、指摘等言われる事が、今後に繋がるし、繋がるという事は、営業が出来、物を納めさせて頂く事が出来る可能性が高まるという事・・・

しかし、「ハイ・ハイ」の返答では、足踏みかそれ以下という事に成ると私は考えている。

以前書いているが、私の周りには、必要な人、不必要な人、どうでも良い人の三種類しか居ないと書いている。

仮に、己は、どのポジションに居たいのか、当然 相手でも変わると思うが、仮に、必要な人のポジションが欲しいとなれば、どう取り組むか????その人の為と耳の痛いことでも口にするかも知れない、結果、不必要な人と成る可能性を孕んでいる。要は、好かれようと頑張ったが、嫌われるという事・・・・

その為に、どうでも良いポジションを無意識に選んでしまう人が増えている。

この結果が、息子達の振舞になる。依頼に対して、返事は「ハイ」「解りました」結果は、先、当然、忘れてしない、しかし、それを何度も言われると、怒り出す衝動が有る。

要は、結果を出そうと思わないから簡単な「ハイ」や「解りました」で応えている。

話をしていて、何故と疑問符を投げかけてくる、人を私は好む・・・向上心・解ろうとする思いが感じれるからになる。

しかし、最近のリーダーと言われるタイプは、何故と聞く人間を意見を言った、文句を言ったと捉える人が増えている。結果、リーダー自体が、この様などうでも良い、人を輩出し続けている。

当然、レベル的に向上しないので、リーダーとしては安泰では有るが・・・発展は無いし、衰退になっていく。

前々のブログにも書いているが、競い合う事は大事だと思うが、争いととてしまう人が多いので、要領よく、その場しのぎで、「ハイ」「解りました」を多用している部分も有ると思うが。

考えて貰いたいと思う。

嫁に電話したら、怒られた、放置していてと言われたが、誰が首里対処するのか???嫁だと無理・・・

結局は、鞭打って、私が動くことになると思う。

洋服もビショビショに濡れた・・・寒い・・・着替えが何処に有るかも解らない、駄目は親父です。

今日は・・・・

 薬の関係で、必ず食事を取る事に成っている。

特に、朝、飲む薬は、量も、役目も大事なようなので、真面目に食事をしてから、服用している。

毎日の事で、成れているが、起きて直ぐに、今日の分の薬を、朝・昼・夕と出し分ける作業が有る。今は問題なく、己で出来ているが、今後出来なくなる場合が有る。介護の仕事の嫁が話しているが・・・解らなく成るのも廊下の一つと行っていた。

要は、寿命が延びるという事は、高齢者と言われる時間が長いという事・・・子供と同じで、子供も、色々レベルが有るように、高齢者も色々なレベルが有ると言う事・・・・

こんな事も出来るようになったと、子供は成長する。

こんな事も出来なくなったと・・・高齢者は退化し出す。

私も嫁から言われているが、出来るだけ自分で行なう、これを人任せになると、直ぐにボケ出すと言われている。

この助言が・・・今日も、9時以降には、プラゴミ等の処分を考えている。雨が降っているが、嫁が帰ってくる前に、出来るだけ気分良く過して貰いたい、又、その為の振舞は、己のボケ防止に成るし、機能不全の体のリハビリに成る。

一石二鳥とも言える。感謝に成る。

医師からも、生きていることが奇跡だし、この様な丈夫な体に産んでくれた親に感謝だと言われていた。

死ねば、プラマイがその後は発生しない・・・・しかし、生きていると、プラマイが発生する。今のこの体でも、少しはプラスに成ればと、祈っている。

世にマイナスを残したくないし、出来れば、プラスだったと、死んだ後に成りたい。

生きると、沢山の命を頂いて生きている。今日の朝食も、肉。シーフード、野菜・穀物など全て、命で有る。

命を頂く、奪っているという事・・・奪った己は、何を世に出来るか???これが、生きる課題と私は考えている。

要は、生きているだけに、恩を頂いている。これに気付くか???当たり前・当然と思うと、その後の価値観の組み立てが傲慢に向かう・・・

感謝の思いが有るから、返したいと成る。



三池港へ・・・・

 今朝は、久しぶりに、五男を三池港の宿場まで、送り届けた。

熊本県との県境に有る、港・・・・昔なら、かなり時間を要したが・・・今は沿岸道路が有るので、20分位で着く・・・・

又、この前、余りの車の使い方の問題で、指摘しても、対処してあげても、その都度、返事は「ハイ」「以後気を付けますと」返事は良いが、等の本人達は、その意味を理解してないようなので、私の仕事車を貸さないと言っていたので、その車が今は嫁の通勤の足に成っている。

結果、嫁の送迎が、今は無い分、体が楽に成っている。

しかし、親馬鹿、車を綺麗に掃除・メンテしたら、又、四男が使っても良いと思っている。当然、「有難う」と言う、感謝の思いや振舞をするわけは無いと思うが、それが大人の対応だと私は考えています。

要は、餓鬼道レベルの息子達、体は一人前の大人に見えるが、心や考え方等々の価値観の部分が、餓鬼道から離れ成れないで居る。

当然、この様な、タイプは、お礼等の感謝の振舞をしないし、全て上手を取る、これに注視しているので、この様な事は無かったことにする。

これが餓鬼だし、当然、子供も、昔は餓鬼と言われていた。何故か????だから、大人に成るために、強い仕付けや経験をさせていたが、最近は、真綿に包んだように育てている。昔も同じ、子は宝だが、昔は、宝なら、当然、宝となって貰いたい、その為に仕付けや、経験・等々を学ばせていたし、人の宝となる為に、子も確りと頑張っていた。

今の宝は、宝石の様に、拭き摩りする、物になっている。宝だから、大事に、育てる、悪い言葉で言えば、甘やかせて育てる。

当然、餓鬼という命が抜けないままに、大人に成ってします。

手が付けられない、自己中の人間に成るという事・・・・これのレベルで、力やお金が人様より有る立場に成ると、己の価値観は正しいと、それを押し通そうとし出す。何時も書く、独裁者の価値観と同じになる。

人様の施しや、お陰で、今の己が有る。全て、己の力で得たというなら、その分の汗や血を流しているのか???当然、この様な生き方は得だと思っても居ないはず。要は、楽して力や富を得る、これが長けているから力が有る出なく、人様のお陰という事に成る。この部分を気付かないと、傲慢な独裁者という事に成る。

私は、母から、言われていたことが有る。国は国の決まりがある。同じ要に、県には県の決まりがある。市には市の決まりがある。同じ要に、一番身近な集団の決まり、家には家の決まりがある。

その為に、周りの家と違う事は必然と教わっていた。

要は、我家で生きるなら、当然、我家の決まり事に従ってもらう、それが、嫌なら体一つで出て行けと何時も言われていた。

要は、裸で出て行け・・後は勝手にと言う事になる。

考えてみれば、着ている服・体を成長させた、食物等々、全て、家と言う処からの施し・・・・言葉も、知識も、知恵も、当然、家と言う足場が無ければ身に付かなかった事に成る。それだけの施しを受けているのに、その分を返せ出なく、出て行けで済む・・・優しい言葉だと私は、思っていた。

要は、この様な恩を受けたと感じれる、心・命に成る事が、心・命の大人への成長だと私は考えている。

私は、父の結核での闘病、家の事業の失敗、等々を、二十歳前に経験した。当然、良いことで無い・・・しかし、私には大試練と思えた事を経験できたことが、結果的に、恩を感じやすい体質に成ったようだ・・・・

受けた恩は最低でも返す、出来れば、二倍にして返す・・・これが幸せの連鎖だと私は考えている。

この逆が、不幸の連鎖に成る。どの方向に、意識が向き、強く己を突き動かすか????燃し、悪い方で動かすなら、それを感謝と捉えきれなければ、悪の連鎖の始まりに成る。

24時間営業のディスカウントストアで買い物も済ませた。

嫁が、帰って来て、直ぐに休めるように、私で出来る事は、出来るだけ行ないたいと考えている。

不思議に、欲を求める事が出来ない体に成ると、何故か、益々、己の体の利用先は???と考えると、己より、他人に成る。

不思議だ、鬼畜の命が強い、私が、何故か、菩薩の様な心に成っている。

我欲全ての筈の私が・・・・殆どの欲が出来なくなっているためなのか???当然、出来る立場・ポジションで、このレベルに到達すれば、この様や試練は無いと思うが、私は、愚かで、馬鹿な鬼畜の命を持っているために、痛い目に遭わないと気付かないタイプのようだ・・・

この事は、仏教の世界では、全ての人間がいつかは経験する事らしい、今世で経験できなければ、来世に成る。

仏教思想では、この世は就業の場と言う捉え方をしている時がある。要は、仏に近づくための、修行の場、当然、行なわない人も居る。しかし、来世等の考えが有るので、何時かは、誰しもが渡る事に成るという事・・・その最高峰の振舞が出来るのが、菩薩と言われている。

子供は餓鬼・・・・それから、菩薩まで、多々のレベルが有る。

当然、己の好む環境・世界が居心地が良い、結果、餓鬼道の人は、その世界の中が一番居心地が良いと感じているが、心や命の部分で、違うと言う思いが絶対に有る。しかし、抜けだす勇気が無い・・・これを無間地獄という・・・・

地獄の環境を好む人、居心地は良いはず。しかし、何処か誓うとなる。

当然、この様な環境を望む人は、天国と言われる環境は苦痛でしか無いと思う。

要は、今の環境・状況を、主体的に受け入れて、考えて、どう対処していくか????・・これを行動に移し、躍動的に動けるように成る事が、私は幸せだと考えています。環境動向で無いと言う事・・・

各々、今有る現実に対して、どう対処していくか、主体的に躍動的に同挑戦し続けるか???これが出来ている間が、幸せで、充実している時間だと私は思っています。

息子らも、少しは、学んで欲しい・・・・強く言うなら、学び取って頂きたい。

利口者が増えている、昨今、バランスを取る為には、当然、バカと言われる人も必要に成る。

私は、そのバカに属すると思うし、家での私の振舞は、親馬鹿な振舞だと思っている。理由は、自業自得、子を大人にする事が出来なかった為に成る。