2026年3月27日金曜日

物命よりお金

 世界の標準価値観は全て唯物論的な部分を競うように求めて争い一部の勝ち組と、多くの負け組を付くてしまう。この価値観なら、多くの敗者を作り、勝ち組からの収奪を受けている。結果幸福でなう、不幸と思っている、それなら勝ち組は幸福なのか現実は我欲が強くて満足していない。結論から言えば満足する人等は極僅かとおもう、「生老病死」・・生物として当然の事さえ怖い逃げたいと勝手に思っている。

何故ギリギリの攻防!!!

 攻防とは、攻撃。防衛の二つを行う事、しかし、守る事は地味で、目立たない、その為に徹して守り抜くという思いが無ければ出来ないし、良い評価も得にくいので耐える精神力が必用に成る。一般の人なら、輝かしい部分が見えないので、如何しても、攻める攻撃の方が、目立つし格好よいと思う価値観に人は向っている。日本国は、攻撃を出来ない国と憲法に成っている。その為に、地味だが、防御の方に意識が向いているし、アピールするる事も無いので、性能の追求、又、儲かろうという意識が少ないので低価格を目指す、ユーザーが得する方向を目指しているので、他の商品も世界に広がっている。タダ、武器は輸出に制限があるので、正直に、分以下のスペックしか表記しない傾向がある。この逆の国も当然有る。脅し、威圧を与える為に、大袈裟に表記する場合がある。この様な国は、己の実力をよく知っている。知らないのは、末端の国民になる。攻め込むことは怖くて出来ない。この様な憲法下で何が出来るのか、防衛機器の性能を上げて、コストを下げる事に成る。守るより攻める方が楽と言われ理由になる。