2026年4月3日金曜日

蟻とキリギリス

昔何度か蟻とキリギリスの生き方について書いている。私が学んだ昔は寒い冬に生きろ来れないキリギリスと成っていたが,現代は,友に協力して生き抜くと成っているらしい 、世界の標準の価値観は,共存共栄という方向だが,何故か,キリギリスのような言動を行う国が多い,何処がその責務を背負うのか,キリギリス側は勝手に決めている。有事で原油が足らない当然世界で決めている備蓄がある。しかしキリギリスは???舞野で,愚直な蟻の原油を狙うことに成る。

勇気と思って居ていたが、暴力団の遠吠えに聞える

 透析中、テレビを観ていたら、私の予想と違い、権力者はどうしてもヤクザ‥暴力団的価値簡易成るのだと思った、格好悪いが勇気ある撤退という事と違い、今度は、二週間という期間を設けてて呈して破壊してやると通告している。特に考えられない言葉が、石器時代に戻してやると言い切ったこと、他国をこれほど己の自由に出来ると思い込んでいる、何度か書いているが、一神教の怖さは力を持つと己は神と思うように成る。本来、宗教は人間を可能性が有るが、凡夫だと解いている。思うように成らないのが普通だし、試煉‥苦痛が続くのが人生でもある。それから逃げるのか、又は受入れて、己の許容力を大きくしていくのか、度の方向を目指すのも片道切符の今世、今世に過去世の宿業を晴らすために生まれている。良いと言う事,業を深めていることに成る。私はどう生きれば業が減らせるのか何時も考えている。アメニカの価値観は,俺が俺が担っている。だから俺が得していれば良い,この様な価値観だから,多くの敗者、負け組を創り出しているし,その様な人に手を貸す出なく,追い出そうとしている。