2025年2月10日月曜日

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 私も、動ける様に成ってきた。各部屋から大声が聞こえる人たちを特定して、対話が出来ればと思って居る。隣の部屋の人は体調が良いと、ディルームに居られるので、他の患者さんも居られるが、遠慮なく、元気よく、ニコヤカニ対話を続ける。凄い家柄の本家の様だ・・・その為に思う様に成る生活が当然と言う価値観・・・本人も農家だが20兆部迄、広げたと言う自負も有る。一族も有職者が多いとの事、この様な人は私の周りには多く居る。要要は、成功体験だけを心に残し・・成功者と己を思われている。勝ち続けた人生で、何故、恥じる言動は行ってないのに、余命が無いと言う病に成るにじか!!!と言われる。何度か書いているが、成功者も人間「生老病死」宿命は厳然とある。終わった事、過ぎ去った事を糧に生きるのは良いが。逆に足を引っ張るような事なら無い方が良いし、思い起こさなくても良いと思う。私の場合、成功体験が将来に足を引っ張る、失敗体験が成長に繋がっている。人に背景が有る、その背景の中で育つ、芽を出し背景から飛び出て目指そうとする、之が問題、仮に背景が青なら青として育つ・・・青青し過ぎる、原理主義方向に向かいやすい少しの濁りも許さないと成る。この方向が容認出来ない場合・・・他の色を求める事に成る。生まれた時の背景は人夫々に違う、しかし之にドップリト浸かるでなく他の背景を学ぶ必要が有る。年代観でも当然違う!!!私は修理人だが、クレーム処理の最終人員だった相手は経営者、それも一代で財を持たれた人が多い、要は成功者だし、その為には、ブルドーザーの様に強引に物事を進めた結果、その様な人への対応は、勤め人の時に多々の経験をしている。己の武勇伝を話し出されるまで、又 その方向に上手に持って行くと、色々話して戴く、その都度に凄いですね~~~~と言えば,どんどん、話が広がって行き・・・最後は「お前気に入った!!!」と言われるパターンが多かった。

要は俺の存在を確り認識しているのか???これが不安と言う事。その為に、頑張って一国一城の社長と言う立場に成ったと言う事・・・可哀そうだと思う。勝負事で勝つ事が全てを手に入れると信じた結果・・・幸せ幸福は手の平から水の如く零れ落ちていく、悔ししと思うし、何故と思う・・・しかし、価値観のボタンの掛け違いが起きれば、この様に成る。今後、この様な人は病院に増えだす。身寄りが居ない、保護者と手を挙げる人もいない。協調性が無い人はどんな施設も遠慮する。入院できなければ社会に居続ける事に成る。怖い事に繋がる。現状の社会システムなら、徹底して看る人が先ず必要、生活や医療の方は、行政に働きかけて保護政策に入る事に成る。その手続きは誰かがする、都会だとボランティア団体等が有るので、そこがカバーで生きるが、その場所まで誰が引率するのか???当然、善意の第三者に成る。今は個人情報法の兼ね合いで、情報提供も難しい・・・・カバーできる組織が有っても橋渡し役がいると言う事・・・・目立たないが重要なキーマンに成るし、その分、苦労も絶えない・・・・・田舎にはこの様なボランティア団体は無い、過疎地なら、村の内の繋がりも滿だが中途半端な田舎は両方が無い・・・・此処に困っている人を探し出す必要が出て来るし、負をいとまないと言う日頃の振舞も必要になる。よく行政区長・民生委員等々が行政区内に居る。その人たちが行う事と思って居られるが、中途半端の田舎の場合、見栄が優先するので、本当の部分が見えない・・・・急に親が死に、現実には閉じ籠りの子が居た、時点で第三者は何も出来ない。親が存命の時に何故アドバイスが出来なかったと成る。当然、精神疾患の人が村内に放し飼いに成る。慣れている人は腫れ物に触るような対応で、事無きを得るが、見知ら人で、目線を合わせたら切れられ暴挙に出られる。この様な事件が増えるし、当然その様な人を輩出した社会・・・私にも責任が有ると言う事に成る。誰が悪い等々、決めつける流れも支配の一つの方法・・・・善悪で片付ける事が、灰色の人間には不可能!!!

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