昔は、各自の経験等々の知恵で、蔑視語を日ごろ使っていた。私は何故とよく聞いていた!!!人には特徴が有り。その特徴を隠して、見栄を張って生きている人間も多い、その様な生き方をしている人を蔑視していた。今は憧れに成っているので、蔑視される事がゆるs誰無いと成っているし、それを指摘してもセクハラ等で反指摘される。私は苗字や地域制・・血族で本質の方向性を考えて居るし。その通りなら、思う通りだったと成るし、予想以上に良かったら良いとなる。しかし、現代はこの情報が無いし、この様な捉え方をすること自体が差別だから悪いと思って居る、その為に、皆普通の人と思い込んで付き合っている。しかし各自が思い込んでいる普通・当然相手で変わる。それを裏切られたと捉えて喧嘩と言うパタンが多い・・・だから普通や一般的と言う言葉が大嫌いだ、この条件に入る人がどの程度いるのか????殆どいないと思う。人を平均化する事が私は差別と思う。凸凹が有るから相互扶助である。この意識も無くなっているのは、扶助の思いが無いし、劣っている者等を背負うと言う気は無い上に排除しようとする。人間の世界でない、野生の動物の世界に成る。このレベルから何時脱却できるのか
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