立会いの時間まで、待機・・・・
修理に出している、次男のクラウンの状況も、三男に聞くたびに・・・二転・三転している・・・・
私には、直っていると言うし、それなら整備工場に迷惑に成るので、取りに行くと言えば、嫁に、直っていない等々を言っている・・・
直接、強く、私が聞こうとすると、嫁から止められる・・・・後の仕打ちが嫁が怖いという・・・
三男が何か、企んでいる事は解るが・・・・・嫁の話だと、車を勢いよく・・・・キー・キーと家から発進して行ったとのこと・・・私が乗るなら解るが、子供達がそんな荒い運転もするわけが無い・・・
壊れる事を非常に恐れている・・・・・
何か有る様だ・・・・・・昔もバイクが大破した事が有るが、その時も当人は擦り傷一つも無く・・・倒れたらこう成ったと、言ってた事も有るし・・・・・・
このバイクは、空ぶかしをするなと言っていたが、エンジンの親メタルを壊した事も有る・・・・
全て子供達がしたと言うので、対処は私がしていたが・・・
私の理に適わない事が、今までもよく起きる・・・・・
車関係の工具も、無くなるし・・・・・我が子が持ち出していると思うが・・・・・何処に行ったかが解らないし、聞いても知らないと成る・・・・
その都度、買い足すが限が無い・・・・・
色んな物を、借りにも来るし、その都度、誰に返したかが問題・・・・・一番当てに成らない子供達に返していれば、その事自体を忘れる・・・・
三男が何かを恐れているのは解るが・・・・・・嫁に言わせると、私にと・・・・
何時も思うのだが、私に子供達は怖がっているし、私の前の態度と、嫁や他の人の前との態度が全然違うと嫁が言うが・・・・・・・私を怖がる意味が解らない・・・・
本人達の話を確り聞くし・・・その中に、矛盾点が有ればそれを又聞く・・・・この繰り返し・・・・・
勿論、問題等々が無い場合は、聞き流しているが・・・問題が発生した場合は、確り聞く事にしている・・・・
子供達には、何時も損する生き方をしていると、言っているが・・・解っていないようだ・・・見栄を張ったり、分以上に格好よく見せれば、結局、あやまる事が増える・・・しかし、見栄が有る為に、頭を下げる事が出来難くなる・・・・又、下げないでよい様の、画策等々を考える・・・・・
自分が悪かったと、直に気付き対処できれば、勉強にも成る・・・・之が遅れる毎に、他への責任転換の意識や思いが強くなり、最終的に、頭を下げても、反省にも成っていないし、勉強にも成っていない・・・・・
之が、解っていない・・・・人は失敗もする、その為にあやまるという事が有る・・・・人として当然のことだし、恥じる部分でもない・・・・・・しかし、見栄を重んじる考えの場合、あやまる之を恥と考えている人が多い・・・・
あやまる事は、私は偉い事だと考えているが・・・・・その様な考えの人は負けと考えている人が多い・・・勝ち・負けの問題とも思わないし、あやまって貰ったからと自分が偉いとも思わないが・・・・
この部分の価値観が、我が子でも、現代風の考えに成っている・・・・
強い・弱い・・・・勝ち・負け・・・・何か、全てが喧嘩の哲学・・・・・
単純な、動物的価値観を、非常に重要視している・・・・可哀想と思うが、之が現代のようだ・・・・
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