長男が、終わったと!!叫びながら・・来訪・・・・お小遣いも貰えない、家に帰っても誰もかまってくれない、生きていても意味が無いと・・・口から吐いている・・・
要は、お小遣いが欲しいと言う事・・・嫁がタバコ代と渡し、四男に比べられと諭している。
長男も四男は可哀そう・・よく耐えていると言いう。
それなら、長男は恵まれていることに成る。
寒い中、震えながら今日も、バイクで四男は来訪・・・・寒いから寄らずに会社と考えていたが、長男と同じで、タバコ代、お小遣いが無いので、寄ったと言っていた。
本業と、二つのアルバイトを頑張っている状態で、何時もこの状態・・・・痩せ細っり出したし、その代わりに若嫁は肥えだしている。之も夫婦で見れば、バランスが取れていると言う事に成る。
息子達には、思う様に成らない、之が普通だし、現実・・・若し思う様な状態に成ったら、疑い、不思議と思えと、幼い頃から言い聞かせている。
間違っても、己の思う通り、特に我欲が叶う等々の方向に成れば、己は良いが、その他の周りの人に大きな迷惑を与える。
人は、人様が居るから生きられる。之が基本に成るし、だから~~~と言う考え方の組み上げ方が必要に成る。
この様な、能書きを言ってきた。
今、その意味が解り出したと息子達は言っている。
分を与えられれば、神輿にも乗れる。
分が無ければ、神輿を担ぐ事に成るし、之をキツイ・嫌だと思うなら、担ぐ必要もない。
神輿を家と捉えたら・・・・家を担ぐ、担い手に成る事が、家長の立場と言う事にも成る。若し、キツク・嫌なら、家・家庭を作らなければ良いことに成る。
人と暮らすと言う事は・・・・相互扶助・・・扶助する側に居続ける努力が必要だと私は考えている。勿論、好まなくても扶助してもらう立場に成る可能性が有るからに成る。
長男も数年間・・・自転車で10数キロの通勤を行っていた・・・・・その時の方が、体が健康だった・・・車で通勤する様に成り、膝に毎年、水が溜ると言う症状が出て、激痛に悩む事に成る。
私は、不思議と思うのが、我武者羅に必死に、生きている時には、何故か、バタバタ・波乱万丈だが生きて行ける。
少し余裕が出て・・時間を持て余す様に成ると、何故か大病の縁が増える感じがする。
簡単に書けば、必死に走っている時は死なない・・・走りを止め、足を止めて、休んでいる時に死ぬ可能性が高いと言う事。
0 件のコメント:
コメントを投稿