2025年11月30日日曜日

色々、大きな視野で考えさせられる。

 入院中なので、多くの時間を持て余している。前から行っている、友人や血族等の追善供養も行っているが、最近、私は恵まれていると思えるように成ってきた。血族の、従姉も三人亡くなっている。我が一族の、父の兄弟は、全て若いときに亡くなっている。母の姉弟も、親より、子が早く亡くなっている。私の家の血族も、長男が障害等が有り、自殺したりしている。その為に追善供養を行う人達も増え続けているし、友達、友人も亡くなり続けている。結果、この方々の追善供養も私の責務と考えている。理由は、家が絶だ処も有る。この事を、続けていて、その人達の家族や、状況の変化等を、第三者の目で見ていて、大きく学ぶ事が出来る。色んな人の価値観、生き方が、結果、その一家・一族の将来になる。いま、負や損を背負い続けないと、明るい将来は無い・・・要は、誰が担うか!!

現代、今を大事と思う、この大事のために、負や損から逃げ続けている。この価値観では、将来、負や損を担ってくれる人を輩出していないので、大変な世になると思うし、今入院しているが、呼吸器科に入院していて、本当に入院が必用と思える人は少ない、通院でも可能と思える。しかし、その為に手を貸し、手伝う人が居ない面倒を看る人が居ないから、入院しているという人も多い、医療費・・・昔は、病院にも迷惑を掛けたくないので、早めに自宅での介護というのが、普通だった。現代は、面倒だから、入院になっているようだ、正直に体は楽だ、しかし、精神的には辛い、夜には、呻き、騒ぐ、人が私の病室には多い、昼間には睡眠している。痰を自律で出せないので、血中酸素濃度が落ちると、看護師が駆けつけ、無理矢理、吸引されるが、ムセリ。ゲボッ・ゲボとその音を、横で聞いていると、此方も、精神がおかしくなる。何故この様になっているのか???デイケアーサービスに週三回預けるのと、入院費が安い・・・・・人は損得だけなのか???私は、国の保護を避けるために、透析を二年以上になが、結果的に、危篤になり、死にかけて、最終手段という事で、緊急透析で命を繋いでいただいている。正直、死んでいた方がよいとも思って居た。しかし、生き延びたには何か、意味が有ると思う。何が人として大事なのか、人間として何が必用なのか、其れをブログに私の価値観で掲載続けたいと思う。

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