三男が、昨晩と、早朝より・・・消防の集合命令・・・・・徘徊を繰り返されている、高齢の老人が、又行方不明との事で・・・・捜索の為に、家を出て行った・・・・
最近、この様な、事が、続いている・・・・・消防団として、頑張っている三男にも頭が下がる・・・・
勿論、公的機関に捜索願を出されないで、身内で探し回っておられる家庭も有ると思う・・・・
母が健在だった事・・・母の友達の、老婆が・・・時々、何処に居るかが解らなくなると、母に相談してあった・・・・・独居老人の生活をされている・・・・
その為に、考え付いた案が・・・・首から、掛ける・・・大きな名札・・・其れに住所と氏名・・・又、老婆の住む行政区の、区長と民生委員の了解を得て・・・その二人の名前と電話番号を記載した、名札と作った事が有る・・・・
そのオバサンが話しておられた事だが、朝、病院に行く、又、病院に付いて診察してもらって、会計等を待っている間に、私は何処、となれれるらしい・・・・
居る場所も解らなくなる・・・今の私だと想像も出来ないが、この様な現象が有るらしい・・
母のお陰で、老いた人達の話や、経験談を多々聞くことが出来た事も、感謝に成る・・・
又、不思議に、本人は其れを笑い話の様に話される、高齢者も多い・・・歳を重ねると言う意味を理解されているので、不思議や間違っている等々の感覚が少ない・・・
この部分が、私は欠如しているので・・・直ぐに何故と、疑問が沸くし、駄目という意識が出て来る・・・
この様な状況、振る舞いに成る事を当然、当たり前と考えきれるかになる
今、孫守をしているが、1歳児が、難しい、話が出来れば、これこそ不思議・・・ババ・ブブ等々の発する言葉で、私は、喜んでいるし、偉いと思っている・・・・
これと同じ事で、老いると言う事は、全盛期から下り坂を転がっている時・・・全盛期に出来ていた事が出来なくなる、この事が当然・・・・しかし、何故か認めきれない自分が居ると言う事は、人と言うものを知らないという証拠にも成る・・・・
老いた人達の行動を、幼い子供がしている事と如何レベルで考えれば、笑顔が出ると私は考えているが、之が出来ない、駄目な私が存在している事になる・・・
青二才に言われる、事も当然と成る・・・
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