嫁に電話・・・10時までの勤務だが・・・今日は職員のミーティングと言う事・・・彼女が言うのに「何時も、私が夜勤明けか休みの日にミーティングが行われている」と言う・・・
彼女の思いは、施設では一番の古株に成ってしまったし、職員の中で一番の高齢者・・・職員のミーティングは、若い人達の勝手な思いを、言いあう場おt言うし、それに近づけないと、当然、良くない労働環境・・・この様に成るのが、目に見えていると嫁は言っている。
誰の為の施設なのか?????彼女の口癖である。
私は、居ないと、直ぐに入所者の事を忘れて己の都合だけで事を組み立てる人が、最近の若いと言っても、40代までの人に増えていると嫁は言っている。
勿論、昔から己本位主義の人も居た・・その様な人は、当然、人様から信用等されなかった、どんなに着飾っていても、人の本質を確り見られていた。
しかし、その部分を見ることが出来ない人の場合、見掛けが綺麗で華やかなら凄い・羨ましい、真似したいと思うのも当然の事、昔は、その事を周りに確り教えていたが、それを今行えば、差別等々言われる時代、各自の勝手に捉え方に任せているのが現実である。
結果、嫁が参加しないミーティングで決まった事が、施設のルールに成る・・・当然、入所者には苦痛に成る。理由は、管理側・職員側が楽に成る方向性・又、対価もと成れば、入所料等が増えると言う事だし、衣食住の部分の費用も、施設側は掛けないと言う方向に向かう、効率化・利益化・・・当然の様に、人に当てはめている・・・
私は、物を介在して販売、修理等で生計を立てていたが・・・人を意識し、人が居るから、物が売れるし、壊れ、修理は派生する・・・人様のお陰で生かされていると思って居た。
嫁は直接、人様の介護、お手伝いをする仕事・・・体は小さいが、私を背負ったりできる・・・凄い根性と思うし、それを施設内でも行っている様だ・・・何度も腰を傷め、コルセットをしながらでも、入所者が待っていると施設に向かっていた。
当然、他の職員から嫌われる・・・入所者と親子、家族の様に接し、話している。ザックバランな普段着の会話・・・これを、許さないのも現代の管理側・・・
嫁は、可哀そうと言う、私には、痛い・等々、己の些細な問題も言ってくれるが、ルールに通りに対応している職員には、己の弱みに成る部分は決して言われないとの事、最悪、倒れるまで、黙って耐える人たちが多いとの事、それを、嫁は可哀そうと言う・・・・
彼女は、母性が強いのか、母と慕う人には徹底して尽くす・・・凄いと思う・・・特に驚いたのが、私の父、気に入らないと直ぐに手を挙げる、刃物が有れば、振り回す、本来なら、慕うと言う姿勢で無いが・・・嫁は、可哀そうと、父の事を言っていた、己の思いをこの様な方法でしか表現できない・・・その様に育てた人達が悪い・・環境・社会が問題と言っていた。母も父も、最後まで、嫁の名を呼んでいた・・・凄い事だと思う。
私には出来ない・・・直ぐに鬼畜の命が出る、目には目を、それも倍返しこれを当然と思う、命である。この様な私から見れば、雲の上の存在に成る。勿論、欠点もある、現実からかけ離れた行動をとる、結果、大事に成る事も有るが、それも、彼女の個性・・・一緒に生きられて良かったと思って居る。私に無かった部分を持っている。当然、彼女に無い部分を私が持っている。だから、共に生きる意味が有る。
全く同じなら共に生きる意味がない・・・
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