アルバイトの昼食時間に・・・四男が来訪・・・
親としては、食べろ栄養を付けろとしか言えないが・・・頑張っている姿に対して応援位しか出来ない・・・結婚後、瘦せ細った息子を見ると・・・色々と思うが、若嫁と体重を足して二で割ったら、太ったと言う事は、良い事と四男が言っていた。
我子らしい、表現に成る。
一軒の家の家長としては、当然の考えに成るが・・・親の私の場合、少し、違う感情も出て来る。
四男が来訪した理由は、昼食を食べる為・・・お金も持っていないので、我家に来るしか、食を得る方法が、彼の場合無いと言う事・・・有るだけ幸せとも言える。
彼以上に労を頑張っている人も居る。又、労を求めても、無いと言う人も居る。
この労に対して、捉え方も、各自で違う・・・本来、日本の価値観には、労は喜ぶ事、誉の部分が有ったが、西欧的価値観が蔓延すると、労は、悪い事・苦しい事と捉える人も増えている。
又、悪い事・苦しい事は幸福でなく、不幸と言う考えの方向にも進んでいる。
要は、個に向かう方向に強く成っていると言う事・・・・
人は、一人では生きて行けない・・共に生きる事が本来の姿に成る・・・共に生きるなら、相互扶助が必要に成る。しかし、絶対に助ける・身を捧げる等々の思いにも成らないなら、当然、共に過ごす人には、己の利に成る人以外、認めないと成る。
しかし、人間、思う様に成らないし、失敗も間違いも起こす・・・利しか齎さない人など、私は居ないと思うが・・・それが有ると信じて生きている人が多い事にも成る。
要は、小さな独裁者が多々居る世界が、現代と言う事にも成る。
独裁者しか居ない世界なら、奴隷に成ると覚悟がある人の存在が、求められるが、誰も居ないと言う、方向に成っている。
四男には、最近、覚悟が見えて来た。背負う覚悟であるが、当然、その力は今は無い、無いから、多々の汗を流し、労を惜しまず行う事以外に、彼が出来る部分は無いと言う事に成る。
親としては、応援するしかない・・・勿論、今の世界を創り上げた責任の一端は私にも有る。
その責任に対しての、振る舞いも私自身が頑張ることに成る。
上の四人の息子達は、最近、全員が痩せ細って来ている。当然、私もその様に成らなければ、子に対して申し訳ないとも思う。
私も支えられる、期間が限られてきているのを実感している。
その為に、早く、息子達に力を付けさせたいと考えている。
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