長男が・・・孫に合いに・・・出かけた・・・
爺の私は、気が気でない・・・出る間際に・・・孫に小遣い等々と、出足の邪魔をしてしまった。
協調性が弱く・・・周りに溶け込み難い、おとなしい幼少期だったが・・・今は、サッカーを頑張っているとの事・・・・
その練習場に長男は向った・・・本心では、付いて行きたかった・・・・
亡くなった、私の母の血が色濃く、影響している孫である・・・・
行く末を心配する・・・・何故か、子供より、孫の方が、強く感じるのも不思議である。
いとおしい(愛おしい)と言う単語、思いが、合えない孫には当てはまる、感じが私はします。
頑張れと、祈るしか私には出来ない・・・・・
孫も色んな関わり方がある。
父の学友の夫婦は、子供が離婚、結果、孫を育てられた・・・・二人の子供も、下の子供が来年度で、社会人・・・・・父母に代わり、育てられたが・・・・・
今後は、父親が看るとの事で・・・別れられる・・・・この事を、現代の子供達の価値観が解らないと、言われていたが・・・・・自分の育てた子供さえ、親が解らないと言う、時代に成っている。
我が地域には、昔から、施設が有り・・・その施設が、今、拡大工事中・・・・親が子育てを放棄する、この様な子供が増えているとの事・・・・
昔は、貧しく・・国も戦後を引き摺っていた時代なら、解るが・・・・裕福に見える現代、ブランド品を身につけている人が多々居る現代で・・・増え続けている・・・
之が解らない・・・・
子育てに、必死に取り組む・・・親として当然と思う・・・自分の身形とうとう、気にする事も出来ないレベルなら、仕方が無いし、何も恥じる事は無いと私は考えている。
力が無ければ、必死に人以上に働く・・・之は当り前・・・・又、結婚し、子供を儲ければ、勿論、今まで以上、必死に頑張る・・・・・・
嫁は何時も言っている事だが・・・先ずは子供・・・・最後の最後に若し、残っていれば、亭主の私と言っている。
この考えで、力が無い、三流市民の私も、五人の子供を儲け・・来年度で、4人を社会人として、巣だ立たせる事に成る。
生きる、目的で、後世に残す・・・・何を・・・私は力も頭も無いので、人意外には無いと考えている。
環境が恵まれていたのか・・・結果、四人を社会人に出来た・・・
私より、優秀に見える人は、社会に、山のように居る・・・・・この様な時代なのに、子育てさえも放棄する・・・社会・環境が悪いのか・・・人そのものも価値観が変わって来ているのか???
子育ては、我武者羅に育てる物だと私は考えている・・・特にレベルが低い私の場合、これ以外に方法は無い・・・・
余裕が有るなら、その余裕の範囲で、子育ても出来る・・・・もし、余裕が、子育てで無くなると考えれば、二つの方向しかない・・・・・余裕が出来るまで待つか???・・・・・そんなこと待てないと我武者羅に取り組むかのどちらかになる。
私は、後者に成るし、我武者羅に子育てに取り組めば、自分の事等、後回しにも出来る。
之を、30も中盤に成って来た、長男が少し解って来たようだが・・・
未だに、母親の嫁に、頼って、プレゼントを買っている姿が情けない・・・・
形を求めても、結局は何も残らない・・・・自分の体にと思ってしていることも、最後は灰に成る・・・・
子供達には、家族の下僕に徹する・・・之を教えているが・・・現代の価値観に合わないのか、中々難しい・・・・
自分が、優秀と思えば、色んな事が出来るが・・・・私の子ども、私と同じで、劣っている部分が多い・・・この立場なら、人の上に立とうとしないで、下僕に徹した方が楽だし、幸福感を感じると思うが・・・・・之を解ろうとしない、子供達に私は、悲しんでいる。
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