よく、対岸の火事という、例えが有るが・・・・・
足元で起きる、今回の地震・・・・
先ずは、自分の身の確保・・・次に家族の身の確保・・・隣近所の地域の身の確保・・・・少し余裕が出来て、親族の身の確保・・・友達の身の確保と・・・
頭で考える、順序が有る様だ・・・・
対岸の火事の場合、単に心配、直に何が出来るか、協力できるかを考えるが・・・
足元で起きる時は、其処までの余裕が無い・・・・
やっと、数日経って、友の事を、心配しだしている・・・・・
電話の、確認等々、家族や親族・地域等々を耳にしている・・・・
本能的に、優先順位を決めている様だ・・・・・イザと言う時は、やはり、近くに居る人間を優先している・・・・縁が薄い、近所に居られる人も気に成る・・・
又、最近は、自分自身の情報を、表に言わない人が多いが、何かの折に、聞いていた事が、大事に成る出す・・・・娘が阿蘇の地の人と結婚したと、耳にしていた友の家には最初に電話を入れた・・・・
現代は、肩書き等々は目に入るし、それ以外は解らない等々が多い、その人のバックボーンが見え難い、この事を個人情報等の制限で見え難くしている・・・・
本当に身寄りが無い、独居老人も居るし、近くに子供さんが居られる独居老人も居られる・・・
同じ、独居老人でも、違いが有ると思う・・・・この部分の情報が今は、解り難い・・・・
結局、バックボーンの違いで、対応が変る・・・・・之も一つの肩書きで、全てを一緒にする之も少し矛盾を孕んでいる・・・・
違いが有るし、違いを認める・・・之が、差別という人もいるが、私はその様には考えていない・・・・
手を貸す人を拒む人も居る・・・・逆に手を貸してもらいたいと考えている人が居るが、誰も気付いてくれない人も居られる・・・・・
色んな人が居る中で、対応も千差万別に成る・・・その為に、色んな対応が出来る、柔軟性が必要に成る・・・・
之が正しいと言うものは無い・・・・
しかし、係わり・繋がりを求めている人も居るのは事実・・・・「大丈夫、何か手を貸す事ない??」と電話等々も大事だと考えています。
今日は、近場の親族を、回りたいと考えている・・・・・
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