人は各々己の普通と言うレベルが有る。各々違うのが前提だが、違えば不満に思ったりもする。この不満が多々あれば人等は信じられないと成る。何が言いたいかは、感謝の思いが出ないと言う事、不満が恨みに成りそれを返そうとする。女性の丑三つ時の藁人形の様に、恨みは考えなくても倍返しと思うのも女性的価値観に成る。正直、解りやすい、しかし、仮に、私も手の付けられない、困ったチャンの面倒を看ていたが、3年程で何百万ものお金を使って、色々取り組んだが、簡単に言えば馬鹿の為に、己の自由に成る方向に進もうとする。要は周りが今の社会状況を見て最善策と思える事も、拒み、逃げるようになる。しかし、誰かが看続けなければと思っている。今は大阪に居るが、帰ってくる可能性が高い・・・・・帰ってきたら、動き回る・・・・何度か書くがこの様な人が、我が行政区には数人いる。親が居なくなったら、大変なことに成る。見た目は普通の人、それを見抜ける経験値が無いと大変なことに成る。世界を村内の隣組と考えるとよく判る。嫌いな住民も居る。好きな住民も居る。この両方が有るので、村で有ると思う。しかし、今は嫌いな方は排除する方向に向かっているす正しい正義と世論が成っている。民主主義である。独裁では無い・・・・独裁方向への、国民は、耳障り良い、単純な算数的な頭脳・・・目には目を・・・確り仕打ちは覚えていてそれを返す、それも相手が一番困る時に、倍返しである。
テレビ番組で倍返しと言う言葉が流行った時が有る、その際、本来は、恩に対しての倍返しの筈だがと書いていたが、日本人も大らかな人間性が無くなってきている。
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