2025年1月14日火曜日
現実/もうそう~~~
今日の透析室、何時もの向かいの患者さんが先に透析を開始してある。今日は体力も回復しているのか????一段と声が大きく、私の透析時間中・・・・喚いて居られた!!!
疲れを知らない子供の様に叫び続けられる。当然、不満・思うように成らない状態だから人様が直ぐに手を差し伸べてくれる人等・・・源氏は居ない方向に向っている。向かいの人は、今の状況を地獄と思って居られる「助けてくれ~~」と連打するのも、不平不満が心に溜まり続けている。この重さに耐えられなく、己の分で出来る方法で、現実を変えたいと思っている。本当は心・命が安穏の方がよい、見えない部分、唯物的に数値等でも解らない・・・・
可哀想な人と、考え続けた・・・・・以前、入院中は天国と私は何度も書いている。至れり尽くせりの高度のおもてなしをしていると私は捉えている。この様に書くと現実と大きく違うとなると思うが、満足感・幸福感・充実感や不満足感・不幸感・妬み感・・・全て心・命が捉えていると言うこと・・・・向かいの患者さんは今の境遇を不幸・地獄と取って居られるし、この様な境遇に落とされた当然、他によってと思って居られる。俺は被害者・助けられら権利があると、主張しているのが、今の言動になる。ヘットホーンで耳に他の音を流していないと、心臓が驚くような声で叫ばれる。「自業自得」と何故思わないのか????己の思うとおりの世が幸福で、この権利は己が持って言うという妄想・・・・
現実に即した。生き方・考え方が必用だし、当然、時代で価値観もより良い方向に行かなければ成らないと思うが・・・現実は固定方向の価値観に進んでいる。
「痛い・痛い・助け」と叫び続けるから、看護士としての対応は、透析の時間減水量を減らす方向に成るし、結果的に4時間を超える、束縛時間に成る。ヤダ・駄々をすればして貰える5歳児の感覚・・・親・家族・地域社会が育てた結果・・・己に都合が良い・思う通りの方向に行くことが、現実だと思っている。思って居る現実と違う、私は、何度も書くように、入院中は天国と思っている。しかし、住む世界は娑婆世界でも餓鬼・畜生・修羅道の人の多い世界、地獄の世界だと思っている、此が現実・人が人を殺す、其れも己の我欲で、それ以上に人の命を己の我欲の為に捨て駒にする。妄想を現実と思い込む・・・・見掛けが良い方・耳に優しい方に意識が集中している。現実は己の上の世界は水も澄み見通せる・・光も差し込み目や耳で確認できる、子供でも出来る部分だし、悪く言えば動物でも出来るし、虫さえも出来る。己の以下、下の世界、濁りが濃くなり見えにくい・・・手探りで近付くしか方法は無いし、障り感じたなら観たい・話したいとなるし、その為の灯りも必用に成る。下へ下へとは動物の人間、難しいから勇気が要る・・・不幸・悲惨を目の辺りにしてどう振舞うことが出来るのか、この部分が現実だと私は考えている。今は各々の理想を普通と捉えているし、観て聴く情報は己の好みの社会の上層階層・・・現実の分を越えた普通を創り出している。当然、分を越えた普通、思うとおりに成らない、それを不幸と捉えている・・・結果、何かに縋り、頼る事に成る。要は5歳児と母の関係性に成る。
私は、命が有るだけでも感謝だし幸福と思っているし、今日はリハビリで休みのために初めての担当者が着かれ・・・行ったが、透析の疲れで力が出ない・・・この状態で、二本の杖を使った歩行練習・・・何時もの様に40メーターを一気に歩いていたら、最後で左膝がグラつき、倒れてしまった。申し訳ない、無理した私が一番悪いのだが、他の先生達が大勢来られて、私の様態を確認、今の処、異常は無いようだ・・・・色んな人が気を遣い、配慮して頂いている結果が今の私に成る。当然、改善の方向を向っている姿を見せるも責務と思っている。
私の様態を心配して、担当外だが来られた、その際、「助けて助けて」の声に、何を助けたら良いのかと問い掛けられると無言・・看護士病室を出ようとすると「助けて助けて」連打が始まる要は、人に甘えたいだけ・・・・何処のレベルで逝くのか????命・心の部分になる
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