私が幼い頃の、子育て・・・・放置状態だった・・・此が普通・・・
冬、暖房等々、思いもしない、九州でも昔は堀が凍り付く事も多々有った。
勿論、暖房器具は有った・・・基本、火を使う為に、子供だけでは使用できない・・・大人が居る時が、暖を得れる環境に成るし、特に大事なお客さんが来られるときが、食べ物等々、夢の様な環境が目の前に現れるが、当然、それに手を付ける、権限は無いし、基本、親が最初・・・子は後回しだった・・・子は宝と言われていた、理由は、家の稼ぎ手としての人、それも、お金と言う対価を与えず使える・・・
子育ても、稼ぎ手を増やす・・・宝と言われるし、親の老後、隠居として生きれる支援をしてくれる立場・・・誰しも子供を欲しがる環境が昔だった。その為に、不妊の夫婦の場合、養子を貰って、我子として育てる、普通に有った。
子育ての国からの支援も殆ど無い・・・医療費も掛かる、健康保険制度も現代に比べれば、手落ち部分が多々有る。高額医療等での補助も無い・・・当然、指定難病制度等も無い。
結果、民間療養の物に頼る人も多々居た時代になる。
当然、介護施設・高齢者施設等々、周りには無い、有ったと思うが、今の様に身近には無い・・・
要は、人権を国が尊重するために、多々の補助と言うお金を出し続ける方向になった。子育て楽に成っているはずだし、介護・高齢者の面倒を看る、全て楽に成っていると思うが、この楽に成っているはずの部分が楽で無い、キツイと誰も背負おうとしない不思議な状態に成っている。
大病を患ったら、一家が破綻する、状態だったのが昔・・・
それを持ちこたえるためにも・・一家の人数が多い方が良いとなる。
人の数が一番の力・権力とも言える・・・此を、与えない方向の価値観を蔓延させた。理由は、家族が居なくても、保護・サービスを受けられる・・・・此が無ければ、高度成長する日本国の産業の基盤、働く人を集めることが出来ないからになる。
家の為に生きる。親の為に生きる、この価値観から、己が楽に富を得られる裕福になる。この謳い文句で人々を集めた、今、話題の闇バイトと同じ、大金の対価を渡すと、此だけのことで人が有る。それにプラスして保護・サービスが有るから、安心して家・故郷は捨てられる。
要は、耳障りの良い、楽に富を得て、裕福になる。此が幸せの道と思い込み、進んだ結果が、今で有る。
安心し落ち着ける、場所が無い・・・・要は、精神的に休める環境が無い・・・要は、凶器に乱舞する、一瞬の快楽の為に無理をして、人を泣かせている。
己を殺し、普通を演じ、何が得れるのか????私は解らない・・・
必要と思ってくれる一人の人の為も生きる意味が有る。
間違っても、どうでも良い人とは成りたくない。
それより、嫌われて不必要と思われた方が、私の存在意義が有ると思う。
嫁が働いて、家の糧を稼いでくれている。今から、職場に迎えに行く事に成る。
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