2020年5月10日日曜日

一極の完璧等・・・無い・・・

策や方法・・・私は、色々有ると考えるタイプになる。

しかし、リーダーが、出す、策や方法には、完璧を求める傾向が有る。

その策に縛られる側・・・色んな立場・色んな考え・・等々、色んな人が居るの前提で、何故、完璧を求めるのか・・・・私には都合が良い方法が完璧だとすれば、私には良いが、他人には悪い等々出て来る事が、当然である。

完璧を求める側が有るから・・・完璧を目指す策を考えなければと成る。
しかし、全てが一極に向かう事に成る。

勿論、全ての人が、同じ価値観・環境・立場で有るなら、可能になるが、現実は違う。

若し、この流れが進めば、一極の価値観に近付かねば成らないと言う部分も出て来るし・・・若し、外れ、除外される事が怖いと言う価値観まで、出て来ると、怖い世の中と言う事に成る。

要は、何度が書いているが、普通と違う事を恐れる・・・之が進むと、策が完璧と成れば、当然、普通なら、出来る筈、出来なければ、普通で無いと成る。

要は、策や方法に、忖度する、方向に向かう可能性が有る。

策や方法が、普通の画踏みになる場合が有る・・・踏めない者は普通で無いと、判断され又、それが影響する世界なら、怖いと私は考えている。

要は、普通で無い、三流の私だから、感じる部分かもしれない・・・与えられる策や方法が私の次元だと完璧で無いし、出来ない事に成る・・・・

人は目が見えない人も居る、耳が聞こえない人も居る・・・多々の人が居るが、現代は、家と言う集合体を崩壊させ・・・個々に成っている。結果、多様過ぎる人に直接対処でる、策が必要だが、私は不可能と考えている。

家と言う集合体で、自己完結できている前提での策・方法が、長年続いて、行政の策に成る・・・結果、個々に分裂している現代と、マッチしていないと言う事にも成るし、勿論、行政も個々に合わせる為に、大変に成るし、人員不足等が出て来る。

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