2019年9月8日日曜日

帰りを待っている。

母屋で一人・・・家族が帰ってるのを待っている。

母屋は、人が大勢でガヤガヤしている時が、一番安心できるし・・・事務所二階の自室に戻れるが・・・

テレビの音だけが流れる・・・母屋は心配である。

色んな先輩方と話すが・・・世の中が良い方向に向かていない感覚が強いと言われる。
時代が変わる・・当然、良い方向なら・・・悪い方向と感じている先輩が多い事に成る。

この様な時代は・・歴史を見ると、強いリーダーを求める傾向が有る。
又、国としても、強い国に魅力を感じ出す動きをする。

之が結果的に、大きな争いを起す事が、歴史で証明さえている。

人間は、何故・・・同じ歴史を繰り返すのか????・・・・何を学んでいるのか???と私は思う。


私が考える強りリーダーの一人を選ぶ、この流れが問題と考えている。
各々の階層・・又は横の繋がり・・・小さな単位での強いリーダーの排出が求められていると考えている。

不完全な人間・・・この人間個人に全ての権限を与える。危険だと考えてる。

結局は、富を求めた結果・・・それに付随している負の部分に、注視しなかった為に・;目の届く範囲に集約させようとする。権力の集中に向かう・・・

田舎は忘れ去られ・・・高齢化が進み、人口の流出が続く事に成る。
国も同じで・・・国を捨て、富・力がある国に流れて行く事に成る。

要は、得の価値とは・・損の価値とは・・・この部分が、一極に向かっているから・・・世界中で同じ流れに向かう事に成る。
全ての人が同じ価値観に染まれば、その振舞いにも矛盾を感じない事に成る。

この一極が、お金本位主義と私は考えている。
哲学やイデオロギーで命を絶つ人より・・・お金の問題が底辺に有って、命を絶つ人が多いと私は思っている。

お金を得る為には命も捨てる・・・この現実に対して、奇麗ごとを後付けし居ると思う。

お金本位主義の価値観で・・・貧乏人と言われると・・馬鹿にされたと思う・・・事実でも苛めと捉える
様相も現代ではお金さえ有れば、どうにでもなる。

お金を求め・儲けたいと・・試行錯誤する・・之が現代の人間と言う事に成る。
勿論、生きる為にはお金は必要だが・・・それも限度がある。
この限度も考えず、貪り求める奪う・・・之を餓鬼道と言う・・・


昔から・・この様な時代が続いて来ている・・・世が乱れると強いリーダー・・指導者を求める流れも有る。

しかし、このカルマを繰り返していても意味が無いと私は思う。

各自・個の人として確り、自分の足で立ち、自立する事が、先ずは求められている。
当然、先に書いたように、各階層が有るし・・色んな人達がいる為に・・・その場・その時に求められる確りしたリーダーが必要に成る。
要は1000人いればその1000人がリーダーと成りえる、環境・人を創る事が大事だと考えている。

リーダー・指導者を外に求める時代は終わったと言う事・・・自分自身が自分のレベルでリーダーとなる必要が出て来ている。

家族でもリーダーが居るし・・当然、世代交代を行っているし・・・この立場を担える後継者が多々居れば・・・家庭・家も安泰である。
しかし、現代はこの部分でもリーダー不在・・・居るのは親分風を吹かせる人・・

小さな単位の家庭がこの状態なら・・・地域社会も同じだし・・・国さえ同じ・世界の国々も同じと成る。

守り支える・・リーダー・・・恰好よい振舞いには見えない。
しかし、この様なリーダーが不在に成れば・・・世は乱れだす。

見かけの力・格好良さを強く求めている時は・・・乱れた現実が有ると言う事にも成る。

自分の足場の現実からの逃避の為のリーダーでは無い・・・
足場の現実は己で対処するしか方法が無いし・・共に居る人が必要となる。

先のブログにも書いたが・・・共存共栄・・・が、各階層で行われる事が大事だし、例としては各々の家庭の中が共存共栄で・・それが他の家庭もと広がる事が大事だと考えている。
先ずは、足場と言う事・・・各々違う・・・




0 件のコメント: