朝一・・・・久留米方面へお仕事・・・・・
何時も、仕事で使っている靴を履く・・・・今日は不思議にスポット、履く事が出来た。
何時もは、紐を緩めて、履く・・・感じとしては靴を無理やり履くと言う感じで、時間を要したが・・・
又、足の甲が何時も意外感を感じていた事も、忘れている。
嫁の、二日ほどの・・・ヤギの食事療法が、影響しているのか????・・・・
私は、良い方向の変化は、感じ難い・・・・悪い方向は微細な事さえ気に成るタイプ・・・
現実には、色んな部分が、変化しているが、気付いて居ないのかもしれない。
何度も、書いているが、耳障りのよい方向と、悪い方向をどれを望むかで、生き方が変わる。
今回は、口養生の意味が少しわかった・・・・私は三流なので、普通とは違うと思うが、私が好む、又求めている、食べ物は、死を近づける・・・又は健康から遠ざかる方向性のタイプなのかもしれない。
嫁と話していたが・・・昔は、家の周りに生えている「菜っ葉」を採って、食していた時期が有る。
お金を出して、食べる物が「野菜」と考えていたし、その為に「野菜」は高級食材と思っていた時期も有る。
今、当然と思われる、キャベツも高級食材に成る。
今の価値観で、考えれば、「菜っ葉」と言っていた食材は、草に成ると思う・・・・
この様な環境だから、我地域では高菜の漬物が、高級なおかずだった為に・・・・今でも、この感覚が有るし、欲しい、おかずとして最初の方に頭に浮かぶ。
菜っ葉が不味い、之も、その後、食した野菜の影響だと思う・・・繊維が多いし、噛み切れない様な食べ物に成る。
幼いころに、この様な食材でも栄養に出来る、消化器官を身に付けた事に成る。
しかし、新たな発見が・・・・ほうれん草を炒めて食しているが、茎の触感が、柔らかいイカの刺身の様に感じる・・・・ほうれん草も、昔と大きく変化している事に成る。
親から子へと、長い、年数の生きざまが、遺伝子レベルで、繋がっている。
この遺伝子に、私の場合、貧食でも生きれる、DNAが有るのかもしれない。
つい最近、私・一代の食生活の変化を考えても、大きな変化に成る。
戦後、栄養不足・食糧不足を、補う為に、世界から援助で・・・脱脂粉乳を保育園から小学校二年生まで、飲んで来た・・・・之が意味する事は、その当時の普通と言われる食生活は、貧食だったと言う事・・・・
特に、私の周りは、百姓・・・・我家は米さえ食べられない・・・結果、周りの子は嫌いと言っていた、脱脂粉乳が私は、大好物だった。
体が求めていたと言う事・・・・
他人が残した、脱脂粉乳も求めて飲んでいた。
我家の、血統は、祖父も身長が高く、180に近かった・・・勿論、父も175位有ると思う・・・・私は父と同じ位に成る。
体系は、食事の影響も有ると思う・・・・
勿論、母方の遺伝子も有るので正確ではないと思うが・・・
私の地域で、本筋の○○家、一族は、基本、体がデカイ・・・明治維新で、苗字を誰もが名乗られるようになってから、○○家と言っても、色々有るが・・・・
最近は、この様な考えが、亡くなって来ているが、遺伝的・病気は、先祖を知る事が大事に成ると私は考えている。
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