今、三男が、アパートの敷物の買い物に付いて行くと嫁が、言って来た・・・
ハー・・・初耳・・・・彼女と結婚したいと言っているとは、嫁から聞いていたが・・・
勝手に、話が、進んでいる・・・・
三男の彼女が、アパートを借りたとの事・・・其処へ、家財関係の道具を揃える為に、嫁が使われている事に成る・・・・
何事も、事後報告・・・・私に耳に入る時は、既に遅しに成っている・・・
嫁も、私に言えば、面倒くさいと考えているし、子供達も同じで、色々・問題点・今後の対処等を言われる為に、面倒くさいと考えている・・・
私は、無能だが、事は順序を大事にしている・・・・しかし、成る様に成る・・・思い付きでの行動は、その後、問題が発生した場合、後片付けが大変に成るし、この部分は私がする方向なので、可也、危惧する部分になる・・・
方言に成るが「行き当たりばったり」の生き方になる・・・
何故、行動する前に、深く考えないのか???・・・若いから仕方が無いが、其れに嫁が同調している・・・・
この流れが、私は解らない・・・
先に書いたブログも、住む場所も、吟味する必要が有る、思い付きの判断だと、後で後悔する場合が出て来る・・・・と、記載したが、早速、我が家で之が起きている・・・
三男は、五体満足で無い部分が有る・・・我家から出す事を考えていなかった・・・又、長男も次男もこの思いが有り、家を出ている・・・・
色んな、思いが、頭を過ぎる・・・・・・ドンドン、寂しくなる・・・
不思議だ、私に力が有り・・・一杯、脛が齧られる、この時は、側に留まり・・・枯れ始めると、徐々に居なく成り出す・・・
之も、人の本性かも知れない・・・・・
又、不思議に、子供に対しては、親としての見栄が有る・・・親から頭を下げて頼む之が出来ない・・・
結局、困った時には、私の知り合いに頼む・・・この方向に成る・・・
本来、子供側が配慮して、早めに気付く・・・親は其れを待っているが、口では、又見栄をはり、大丈夫と答える之も、加味して配慮する、之が必要と思っているが・・・現実は・・・・
昨日のブログにも書いている様に、子供達の回りに居る人達の助言が大事になる・・・しかし、同じ価値感・同じ年頃の人との付き合いしかしていない・・・之が、問題・・・・
今回、近場で、大災害が起きている・・・若し、私が被災者なら、本来、子供達が駆けつけてくると思うが、若し来なければ、助けてくれと、子供に言う事が出来ないと思う・・・
子供達が配慮できるかに成るが・・・・出来なければ・・・第三者のボランティアにお願い、頼む事に成る・・・
結局、親は、子供に一杯の事を、して来て・与えた・・・当然、恩を感じ、返そうとすると考えている・・・
恩を返す、行動に対して、頭を下げて頼む・・・此処に疑問が有るから、行動として出来ない・・
しかし、他人には、恩を与えていない、その人が、手伝う、当然素直に頭が下がる・・・
之に、何故、気付かないのか????・・・・
結局、子供が恩を感じていない事に成るし、その様な育て方をした、親も含め社会が悪いと言う事に成る・・・
若し、この様な災害で、子供を沢山育て、一人前に成っている状態なら、羨ましがられる後処理を子供達がする筈・・・之を看ていれば、子供は多い方が良いと成る・・・又、独身状態で高齢に成り、独居状態、誰も来る、親族が居ない・・手を貸す人が居ない、之を見ていれば、結婚・家族・親族の大事さが見える・・・
しかし、現実には・・・独居老人宅等々に行政の、手助けが先ず向う・・・又被災しても、最初に保護政策の傘の下に入れる・・・・
勿論、その間、家族・親族等々が、一気に手助けしていれば、良いが、若し、其れが成されていないなら・・・・何の為の家族か、又子供化に成る・・・
之が現実だから、益々、少子化に向う・・・・
子供の最後の責任、親の杖になり、背中を貸す・・・之を教えていない・・・
努力を惜しまず、続ければ、ユートピアの世界が現実に成ると教えている・・・そのユートピアが、自分の思う通りの成る世界と、成っていれば、思い通り成らない事は、悪い事・・関係ないと考える人を作る・・・
結局、自分が利に成らない部分は、全て面倒くさい・・・したくなり、之が心に有る事に成る・・・
結局は、親が、利に成らなくなったら、捨てられるということにも繋がっている・・・
この現実が、今の介護保険制度になる・・・・
昔は、国民年金も任意だった・・・この加入に、村の区長と民生委員等々が、家庭訪問・・・田舎の農村地帯「老後・・・子供が居るし、何の為に子供を育てた・・・勿論、老後は息子達が看てくれる」之が、一般の農村の答えだった・・・啓蒙側は「孫に、息子から貰ったお金を与えるより、年金で貰った金を与えた方が、気持ちが好くないか」等々で、入会者を増やしていた時代が有る・・・
昔は、老後、之が有るから、子育てをするし、若し、子供が授かることが出来なかったら、養子を貰う・・・・家系を守る事は、この老後の世話も含み・・・・又、跡取り息子が出来るまで、生み続ける之も当然あった話・・・・跡取り息子に嫁ぐ、勿論、嫁側も覚悟が有ったし、嫁の里も覚悟が有った・・・・
親の介護の為に、娘を嫁がせる意味が有るので、し付け・・当時の常識を確り娘に教えていなければ里の家全体の恥になっていた・・・その為に、離婚して、里に帰る、之を大きな恥だと考えていた時代・・・
昔といっても50年も昔でなく・・・つい30年ほど前までこの価値観が有った・・・
最近は、全く、この価値観が無く成って来ている・・・・親は老いても、元気よく、墓場に自分の足で入ると考えている子供達が多い・・・この価値観に合せて、老人のスローガン「ピン・ピン・・コロリ」之を、目指している・・・・
我々の、年代が、高齢になった時のスローガンは「ピン・ピン・・・棺おけに寝て、火葬場でコロリ」此処まで、しないと、人生が終わらないかも知れない・・・
若し、病気をして、寝込んだら、子供達は面倒くせ~~~何で俺が~~~早く死ねばが心に有ると思う・・・・
勿論、その様に育てた自分が一番悪いし、自業自得に成るが・・・之を避けようと努力しても、社会全体の流れが、其れを阻止する方向に作用している・・・
昔の常識が無くなり、その当時、非常識と言われていた方向が常識に成る・・・・
この常識が、結果として家系と言う歴史まで、崩壊させる・・・・男の子を作る跡取り息子この考えもなくなる・・・子供をつくる思いも無くなる・・・
〇〇家に嫁いで居るなら、本来、その子は、〇〇家に責任が有る・・・子育てで、人の手が必要に成れば、勿論、〇〇家が、当然看る・・・・この価値観も、今の考えで行けば・・・旦那の里に頼む、死んでも嫌・・・・嫁の里に預ける・・・・之が当然と成る・・・しかし、昔なら恥に成る、〇〇家の恥だから、嫁に強く言っても、聞く耳は持たない・・・・
何の為に、昔は、頭首・・・父が嫁る娘に「二度と我が家の敷居を跨ぐ事が出来ない・・・夫婦で来る時意外は」等々の、言葉をかけていたか・・・・・・・最近は「何時でも帰って来い」この大きなスタンスの違いが有る・・・
結局、〇〇家の苗字は名乗っているが、嫁の里の〇〇家の価値観が、孫に強く影響する事に成る・・・・
しかし、娘に、家の家訓・歴史を教えている、家は基本無い・・・結果、浮き草稼業の考えを教える事に成る・・・・
この部分が、私は、はがゆい・・・・私の家・・・〇〇家の歴史・文化・価値観を後世に伝える責任が有るが、其れを繋げる事が出来なくなる・・・・
結局、ポリシーが無いアイデンティティが無い、価値観を持った人が増えれば、権力側の思う壺・・・
人が規格化、標準化方向に向かえば、人は完全な既製品、規格品に成る・・・生きる意味も見失う人が増えると私は考えている・・・
勿論、権力側、収奪出来る人達は、楽しくて楽で良いと思うが・・・
家・親族・一族と言う、単位が無く成って来ている・・・結局、個人化に向っている、個人に力が有れば、良い世界・・・・しかし、その個人も、何時かは老いる・・・・
怖い・怖い・・・・災害が今回発生したが・・・家・親族・一族で、如何、対応するか???・・・之を諦め、直ぐに行政・国の対応を待つか???・・・・・その間のボランティアに頼むか???・・・・
今の現代の、価値観が見える、勉強に成ると私は考えている・・・
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