2019年9月10日火曜日

我一族・・

我一族・・父方に成るが・・・・昔、一族間で言われていたのが・・・障害等々を持った子が生まれる宿命が有るし・・・それも先人の行った、業だと言われていた。

〇〇家として過去に遡ると・・・良い事もしているが、むごい事も多々行っている。
この良し悪しの評価が・・・結果として子孫に行っている事に成る。

特に何故か長兄にこの流れが続く、事に私は驚いしている。

この様な事を、聴いていて・・・親に成った・・・特に長男が無事に健康で生まれてくることが、一つの問題と考えていたが・・・色々有ったが無事に育ち、今は、親に成っている。
私の代で、この流れが止まる・一族の宿命が止まる事を願っていた・・・又、これが子孫に伝わらない様に、願っても居るが・・・長男の子は、健康に育っている。

私は、生まれながらに、この祖先の業を背負っていると考えている。
目に見え難いが必ず有ると思っても居る。

現代人は、この部分が無く、全て平等と考える人も多い・・・

私は、この部分の処理をする為に生まれているとも考えるし、余力が有れば当然、自分の部分も・・・と成る。

考え様では、処理を委託した為に〇〇家に生まれて来たと考えている。

しかし、先に書いている様に、この様な部分を考えず・・・己だけに生きれると思う風潮が広がっている。

又・・一神教世界に多い・・神に選ばれたから生まれた・・ここ迄は理解できるが。選ばれた理由・目的が????の場合が多い・・・
神に近いから・今世で楽で楽しく生きれる筈と受け止めている人も多い・・・

考え方にもよるが・・・己だけの人生の本を創っている感じがする。
本来、〇〇家の本を創り続ける作業の過程の筈・・・・
一族として如何かが、大事だと私は考えている。
個人として凄くても、優秀で一流でも、限りがある。本の日付欄も100年以内で終わる・・・・その後は????

人間の歴史を考えて・・・多々の本が有ると思う、生きた証の本・・・
今後、10000年過ぎた未来で・・・先に書いている。個人として薄くて小さな本を手に取り見る人が何人いるか?????

確り本を残したが・・・多々の本から取ってもらう事も無いと思う。

しかし、一族としての本を、永遠に書き続ければ・・・人の目に留まる可能性が高くなる。

この部分が無くなれば・・・今世だけ、自分の寿命の間・・・何を求めるか???・・・当然、負からの逃避・・・楽・富を貪る方向に向かう。
この部分は、動物と同じに成る。

一族間でのバトンの受け渡しが、長く続いてきている。
我代で終わらせるわけにはいかない。
しかし、子供達に話しても、古い・時代遅れ等々・・・・耳に入れてくれない・・・

一族と言う、長い年数続いていた、縁の糸が切れそうである。
此のままでは・・・どんな生き様をしたとしても、数年・いや一年以内で忘れ去られる・・生き様、人生と言う事にも成る。

遡上しているサケと同じ・・・同じ生き様で・・個として誰も気にしていない。
個として、気にも留めていないのに、生きている間は・・認められたい、目立ちたいと振舞っている事が、情けないとも思いもしない。

之を現代は普通だと言っている事に成る。上に書いている、サケと同じである。
勿論、生物としての部分も人間は有る。
本当の意味での己と言う部分んを考えているか???周りとの対比で己を感じているなら・・・サケと同じである。

人間は、それほど弱いのか???・・・他の為の行動が出来ないのか???・・・
この様な、人間が排出されているとすると・・・先に書いた、選ばれたと言う部分も意味が変り出す。この部分がカルマ・重荷に成って、周りの環境のせいに物事全て受け入れが出来ない部分は押し付ける事に成る。

結果、生物としての義務・責任まで放棄する事にも繋がって行く。






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