お客さんから電話・・・・私の仕事で無いが・・・家の問題・・・特に、後片付けの相談を受けた。
最近、本業より、この様な相談が私には多い。
社長の為に、住まいも、羨ましいと思えるが・・・それも子供達等々家族が居る間に成る。
夫婦二人住まい・・・大きな家も、使わない部屋増えるし、当然、これまでの購入していた、物も不要に成って来る。
修理業の私の場合、困った時に電話が有るが・・・最近はこの方向性が増えている。
捨てる・処分する等々にも、多々のお金を使える、人達は、これも問題に成らないと思うが、この様な人以外は、処分・処理この部分に頭を悩まされている。
基本的に、物は、人が居るから、必要と成るし利用している。
人が居ないなら、物も必要で無くなるし、物も資産から負債と感じ出す。
この部分を考えずに、一般的には物を得る、事は良い事だと思われているし、物も性能等、価格が高い、それが良いと言う方向も有る。
しかし、それも、それを評価してくれる人が居るから、資産に成るが・・・評価が負債と成れば、話が変り出す。
以前も書いたが、物を作る、何の為か・・・この部分を喪失してしまい・・大事な人と言う部分を忘れると・・・・低価格で、提供した方が良い、その為の機械か・・・この流れが進めば、物を作る部分で、人の必要性を減らす。
安い物が出来ても、それを欲しがる、買える人が居なければ、物を作る意味も無くなる。
私の子供達にも、偏屈な私は、捉え方等々も色々あると、言い続けている。
捉え方次第では180度、意味が変わる・・・特に、損得勘定にはそれが多い。
時や場所・時代等々で、損が得に成ったりする。常時、変化している、この部分に対して、これが正しいと言う、固定観念を持たない事に成る。
しかし、世間では、この部分まで固定化する方向性も有るし、これが正しいと言う方向性も有る。
裸で生まれ、裸で死んで行く・・人間は・・・その間何を得たか???・・何を残したか???この部分が大事だと私は考えている。
資産と思って、多々の物を残しても、それが負債と成れば、後世に迷惑を残したことに成る。
逆に、利と思える多々の物を残しても、それを、取り合いして喧嘩に成れば、本末転倒である。
人に接する仕事をする事で、多々学べることが有る。
今日は、従兄弟の手伝いで、午後から、生活家電品を、移動する事に成っている。
叔母が、勿体無いから、保管すると言っているからに成る。
この部分の作業も、お金が係るなら、又、又話が変ると思うが・・・・
私が動く事、当然、奉仕活動に成ると言う、前提が有るから、出来る事に成る。
勿論、親族の為・・・当然と言えば当然の行動だが・・・・
この部分が、最近亡くなっているので、物が負債、方向に向かっている。
物を大事に使う、これは、長く使い続けると言う意味だと私は考えている。
我が身は滅びても、残るものがある。出来れば、人様の迷惑に成らないものだけを残したいと考えている。
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