2019年9月1日日曜日

今朝から同年配と・・・

今日は、朝から、同年配との絡みが多い・・・

その都度、話に成るのが、世代間での感覚の違い・・・・

労働眼鏡が、奇麗ごと方向に進み・・・良い事だが・・・最終的に仕事は、人との絡みになる・・・多々のお役様の個性に合わせる方向に成るが・・・この部分を考えない方向で、形としての基本・基準が奇麗ごと、机の上で決まっている。

結果として・・・その皺寄せが・・・私たち年代に来ているという話に成る。


何故か?????・・・人生経験が多くなり、奇麗ごとですまない事が、与野七に多いと言う事も解っているし・・・又は、幼い頃や幼少期の頃・・・何をしていたか???
現代なら、犯罪として追及される様な、事も行っていたし、それを、大きな気持ちで大人が見守っていたからに成る。

現代なら、大問題に成る、窃盗も・・・周りにある果実等々は、勝手に食べていたし。
喧嘩も、戦争と言って、弓矢、石を投げ合うようなこともしていた。

当然、怒られもするが・・・この部分で終わっていたのが昔に成る。

怒る方も、棒・鎌・等々を振りかざされ、追う」等々も有った、時代に成る

世の中と言う物は、表面化していない部分が多々あるし、それを許容できる、器も有ったと言う事・・・・

負を表に出さないで・・・受け止めてくれる人が居たと言う事に成る。

当然、それに私達年代は、感謝する事に成るし、本来なら警察署のお世話に成っていても不思議でない、行動を行っていた。

この部分を背負う事が、私達年代の場合、当たり前と思える年代の最後かもしれないと話に成った。

世の中の決まりや基準が、四角四面に向かっているが・・・・人がそれに準じられるかに成る。
当然、出来ない人も居る・・・その人のホローは?????・・・・この部分を行っている、同年配の人が多い感じがした。

現代は、一人の独裁者と他は奴隷・・・当然、独裁者の立場に成りたい、それが幸福・幸せと、思い込んでいる人が多い・・・
社会は、競争も当然あるが・・・独裁者と奴隷を分ける、競争でもないはずなのに、何故か之を求めている。
当然、独裁者の立場を望んだ、戦いに成る。

何を、競うのか?????・・・これも大事な部分だと思う。

一場の勝敗で、全てが決まる訳でもないが・・・何故かと考える事に成る。

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