初めてに成る・・・・五男の高校の三者面談・・・進路等々の説明だったと、嫁が言うが・・・嫁を高校まで送ったのは私に成る。
駐車場で1時間ほど・・待たされた・・・・その間に、色々考えていた。
考えれば、上の子供達の、高校生活・・・親としては、学校を辞めない為の努力だった・・・・行く意味を息子達は、持って無く・・・勉強が嫌い・・この為に、毎日が学校行くのか????之が、頭から取れなかった。
下、二人の子供は、目的は、学食の食べ物が美味しい、これが目的で、通っていた・・しかし、少しでも親が気を緩めると、直ぐに登校拒否に成る。
之が、私の普通の、息子の高校時代に成る。
しかし、五男は???・・・今までの息子達とは違う・・・・学校に行く、目的感も持っているし・・・将来の展望も有る様だ・・・・
その為に、親として、学校への登校の、心配は無くなった・・・・
この夏、危険物の試験が有る・・・又、小型フォークリフトの講習も有る。
社会人としての、スキルを高める・・この部分の説明が有ったとの事・・・
最終的には、施工管理の資格を取る・・・この部分が、この高校の最終的、目的の様だ・・・・
後は、各自の進路で、挑戦する部分が変るが・・・
上の息子たちは、将来等々、この時代には考えていなかった・・・・今日が楽しければ良いだけで、社会人としてのスキルを高める等々・・・考えてる事も無く、過ごしていた時代に成る。
考えていて、五男の子の姿が、普通の息子なのかもしれないと思う方向に成ってきた・・・しかし、心配の種類が違うが、五男も心配する部分が多々ある。
子育てとは、親は、常時、心配しながら、不安を抱きながら、進めるものだと私は思う。
巣立った、息子達も、親としての心配は続いている。心配の種類が変わるだけに成る。
不安が有るから、心配する・・・之が有る事が、私は幸せだと考えている。
一人でない、孤独でもない・・之が、どれほど幸せか・・・・
関わってくれる、長男は、私の体調が悪いと、サッサ死ねという・・言われる事さえ、有難いと考えている。
最近よく来る、孫も、時々、クソ爺と言うが・・・それでも幸せと思える。
不幸は、孤独と私は考えている。
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