2019年1月24日木曜日

終了・・・・

明日納品を考えていた・・・内職・・・・無事完了した。

色々な事をしながら・・・予定より、少し早く終わった事に成る。

私は恵まれている。好きな事が出来・・・又それが家の糧に成っている。

考え方に成る・・・人の世は・・・人との絡みなるし、その繋がりになる。

同じ目線で競い合う・・・この立場での考え方もある。

勿論、競い合う場が有るから競える・・・この場を徹して守り抜く立場も有る。

この立場が無ければ、集団としての纏まりが無く成るし・・・個人の少しの好き嫌いで、集団が維持できない方向に向かう。

現代は、この集団の維持に、簡単に書けば、人の欲を擽る様な物を出して、維持を試みるし、それが競争心を仰いで、成長するという考えもある。

この成長とはどの方向か・・・・競い合い、勝てば、対価が大きく貰える、この価値観を育てている事に成る。
勿論、対価とは何か????・・・・この部分が人の欲に成る。

しかし、本来、人は各自違う、その為に、人で欲も違ってくるのが普通・・・・先に書いた手段が使える為には、同じ様な価値観の人を、創る事に成る。

本来、壮年という歳に成れば、アスリート側、競い合う側から、その場を維持・管理する側に成るのが普通と私は考えている。

自分の欲・思いも歳相応に変化して行くものだと考えている。

このどの立場か????この部分も大事になる。
この部分は、分に関係ない・・・思いに成るし・・・この思いが行動として言動に繋がって行くと私は考えている。

この部分も、裏方と言われる、日の当らない部分で、学ぶ部分だと私は考えている。

しかし、競い合う、戦士を排出する、之が現代の教育に成っている。
勿論、競いは、勝敗が出てくる。当然、勝ちを求めるし、負けは認めない、この様な価値観が強くなれば、勝つ勝負しかしない・・この様な方向性に成る場合も出て来る。

スポットライトが当たる。之を目指す生き方に成るし、之が人の生き方と考えれば、当然、負に成るものを背負う等々、考えもしないし、それが自分自身の足枷で、境遇が悪いと、周りを責める、方向に成る。

世の中には、色んな人が居る・・・この部分は誰しも解るはず・・・当然、劣る人も居るから、長けている人が居る。
劣る人は、自分の足で社会で生きて行けない人も居る。先の様な価値観なら、当然、負になるし、世の中に居ない方が良いという考え方につながって行く。

要は、自分の欲に対して、足枷に成る人は、要らないと言う怖い価値観であるという事に成る。
当然、社会が競い合いで成り立っていると、考えれば、負けと解る人等は、不要な人と成る。

社会の構造・・・勿論、家庭や家の構造を見て・・・・本当に、長けている人だけの集団なのか???・・・当然、劣る人も居る・・・・・その人をどう考えているか???・・・この部分が大事だと私は考えている。

仮に、山を登る・・・勿論、集団で、頂上を目指す。競争に成りやすいし、一番早く登る、之を勝ちと考える人も出てくる・・・又、それに賛同する人も、多く居るのが、現代に成る。
しかし、その集団は、山登り求めた人だけでは無い・・・・当然、歩けない人も居るし、体力が無い人も居るし、五体不満足という人も居る。

この集団をどうしたら、頂上に登らせる事が出来るか???之を苦悩して考える、之が大人だと私は考えている。

之が出来なければ、当然、家の家長と言われる、使命も感じないと思うし、家族のレベルも自分の欲で、決め付ける価値観に成るし、この判断が正しいと、周りも思ってくれる、環境・社会を求めだす。

背負わないと生きて行けない人も居る。この人を誰が背負うのか、この部分が、本来「男気」だと私は考えている。

勿論、分が良ければ、背負う之も、楽だと思う・・・しかし、私は三流の為に、思いは有って、背負った瞬間に、倒れそうになるが・・・・耐え忍ぶことに成る。
少しも気を緩めると、当然、共々に奈落の底に落ちる事に成る。

このハラハラドキドキも、生きていると言う証拠だし、醍醐味だと私は考えている。





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