四男の件を先のブログに書いたが・・・彼は今の時代に即していないレベルで生まれた可能性も有る。
要は、時に応じた対応力が生きるという事には求められる。
今の時は????・・・何度が書いているが、口では天界・声聞・縁覚・菩薩等のレベルに達して居るように装っている人が多いが、実態は、三悪道・地獄・餓鬼・畜生の人が多いという事だし、この様な人が求めている事は、我さえ良ければに徹しているし、その為には人様の足を引っ張っても構わない、引張れ、利用された方がバカと言う捉え方をしている。
現実がこの様な世界に、奉仕の命が強すぎて、人の喜ぶ姿を求めすぎて、勿論、力が伴っていれば良いが、それが無ければ、当然、人様から利用され、陰ではバカ・バカと言われている可能性が有るのが、現代である。
この人の傾向性、動物としての本能部分が強く影響している思う。その為に、知性で押さえているが、目の前に欲しい、仮に現金が山積状態と、逆方向に人が手助けを願ってる、どちら側に向かうか、その動きは、素早く激しいか等々・・・人の本質が見えてくる部分になる。
この価値観は、釈尊の時代も同じだし、それ以前の同じだったと思う。しかし、人が富み、唯物的に私利私欲を求めすぎる方向に向かうのは、必然という事に成るし、それを予想して、末法という時代を想像し、それが無限に続くか!!!!消滅するか!!!何方かと言う事にも成る。
要は、この要は、人の本質を、帰ることは不可能だが、それに挑戦し続ける、意味が有ると言う事、理由は、消滅が早まるか、長いかの差でも有る。
考えれば、己の命も、長くなるか、短くなるか、日頃の振舞方に成る。どうせ死ぬなら、思い切った事も出来ると覚悟を決める人も居る。短命を覚悟したと言う事になる。
今は怖い時代である。個人の価値観、等々を尊重すると言う流れに向かいすぎて、結果として、先に書いている、論争も無くなってきた。
理由は、己の思いを強く相手に伝えない流れに成っている。
結果として、私の病も本来なら、生活習慣病と日頃の無理が原因で起きている可能性が高い、この部分を間然しないで、治す。・・・これが医師の治療という流れに成っているようだ・・・人の趣向には入れない・・この様な考えが有る。結果、病の患う人は増え続けることになる。
当然、自業自得に成るが、誰しも悪いと本気で思っていない・・・それを諭し、解らせるのが、先生と言う肩書きの人達と思うが、その様な人さえ、今は論争を避けている。
臭い臭いは元から絶てと言うCMが昔流れていた。この考えは理に適っている。
私は、己の命が大事と思う。だから、己の命を守りたいとなるし、その為には、原因は元から絶つと言う考えも必要だと思う。
何故、己を自称して、鬼畜の命を宿していると書いているかは、釈尊が言う末法と言う時代に生まれた、要はこの時代に合う命レベルが有ったと言う事、それが意味することは、私も三悪道の地獄・餓鬼・畜生の命が強いと言う事、だから、周りの人も、私と同じレベルなら、私と同じ、感覚だと思うが、表面的には、菩薩等のレベルを演じているので、現実は、それが事実なのか、粉飾なのかも解らない状態、結果、菩薩の装う人が多い世界に、ボロボロの汚い人という形があるから、私は、変わり者、嫌われ者となる。
この社会が装っている、環境が現実と勘違いし、成長したのが、四男という事に成る。
息子達には、生活道路等でのゴミの回収等を見せてきた。誰もしてないのに、何故~~~・・・捨てた本人に責任が有る等々言うだけで、己で処理しようとしない、要は、責務を感じない体質になっている。
この様な体質なら、目の前で死にかけている人が居ても、我関せずと勝手に責任の場所を探す思考回路になっている。当然、己を省いて・・・面倒と思えば、見て見ぬ振り・・・これが現実の社会だと思うし、それが自称、己は菩薩だという人達の振舞という事に成る。
四男は、それが褒められ、称えられ、感謝されるという方向なら、行なうタイプ、しかし、逆に勝手な事して、等々、嫌の言葉を耳にすれば、しても意味が無いという、典型的な、他人に依存した価値観の持ち主という事・・・・要は、自己中心主義でもない・・・・結果、何の満足も得れない可哀想な立場とも言える。
私は、私自身が汚い、嫌だと思うから、片付ける。人様の目など関係無い・・・特に一般公道・・・人の土地等の侵入して等々でない・・・
当然、片付けたら気分が良いし、ホットする。この気持ちが好きだが、直ぐに散らかす人が居ることに腹を立てる事も有るが、この様な人が居るから、片付けられるという考えも有る。
要は、同じ時代に生まれた、共という感覚が私には有る。縁が有るから同じ時代に生まれた、それなら縁の糸を強く、大きくする方向が私は良いと考えている。しかし、最近は、その縁を切る、糸を細くする、流れに加速中である。
結果、一個の個人と、孤立化し、力が無くなっていく、社会を動かす力に成る。それを、求めているのは、権力側、力が有る側に成る。
勿論、権力側も、何時までもそのポストに居れるとは限らない・・・激しい競争が起きている。結果、誰も人が喜ばない世界に向かっているという事、最終的には、機械が神になる!!!人は、機械のメンテ等の雑用になる。奴隷という事・・・・・
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