勿論、国の有り方に成っているし、日本国は、民主主義で資本主義の国家と言われている。
しかし、何度も書いている様に・・・人は一人で生きれないから、集団を創り・属している。その集団の形を、この様は主義で・・・方向性を決めていると言う事に成る。
民主主義と言えば、多数決・・・人の数が多い方向に集団を向けると成る・・・民衆とは・・・当然個人に成る・・・しかし、日本国も、国の方向性に対しては、年齢制限が有るので・・・全体とは言えない・・・
100%の民意・個人の思いで無いと言う事に成る。
日本国も、昔から比べれば、この部分は100%に近付ける努力はしているが・・・その努力の結果、個人の思いを出す、投票行為は減る方向に向かっている。
隣に国、中国は、社会主義・共産主義国家と言う認識が有るが・・・
現代は、市場経済を活用しているし、当然、選挙も行われている。
中国と日本の近い・・・多々あるように感じるが・・・現実は殆ど同じという事にも成る。
しかし、大きく違う感じがする。
仮に、個々の人間が、各々の意見を言う・・・当然、争いも起きるし・・集団の維持か難しい・・・
逆に、何故集団に属しているか?????・・・人間の本質は、得したい・利を得たいと集団に属する場合が多い・・・その集団が平等か???・・・・利を求めている時点で平等は存在しない・・・結局は、集団から利を得る・貪るこの方向性を、人間が求めるなら、当然、集団側も魅力ある、利を取れる、状態を創る事に成るし、象徴的なカリスマ的人間も必要に成る・・・当然元ている部分を全て手に入れていると言う象徴に成る。
象徴は当然、私の様になりたければ、努力せとと成るし、その方向性は当然、有る方向に決まっている事に成る。
要は、個々の人間の価値観が、若し、利己の為と言う部分が強く、唯物的価値観しか持たないなら・・・・個々の民衆が主権を持っていると成っていても、現実は親分主義、君主制・独裁制に成っている事に成る。
独裁と言えば、有名なヒットラーを思い出すが・・・その当時のドイツは、民主主義だった。
私が怖いと思うのが、この部分・・・個々の思いが、結果的に親分を創って行く・・・独裁者を創って行くと言う事に成る。
個として、乞食・お恵み下さい・・・要は努力・苦労をしないで、利を得たいと若し考える人が多いなら、当然、恵んでくれる親分を創り出す事に成る。
私は、今まで、ブログに、ブランド品を身に付けて、蠢く人々の様相が、地獄図絵に近いと書いて来ている。
この様相が私は怖い・・・理由は簡単、乞食をしなければ生きられないなら、仕方が無いし、心は大志を持っている可能性が有る。
しかし、生活状況は、十分恵まれている・・・しかし、心は、慾を貪る、今以上にと利を求める勿論、楽にと・・・この様な心を持っている、事が私は怖いし、恐ろしいと思う。
要は、個々の人々の心の奥底に有る、価値観の問題だと考えている。
十年ほど前、アラブの春と言われる、事柄が発生した・・・しかし、人々の心に有る、固定した価値観を変えることが、出来ず、又、昔に用に戻っている。
集団に属している人の、心の中に有る価値観が、乞食なら・・当然、多くを恵んでくれる、親分を欲する・・・・
家と言う集団・・加須と言う集団を見ても解る・・・
属している人が、多々の欲を求めて、誰かに頼っている、当然、親分と言う立場で親に成る・・・・叶えてもらえなければ、家が悪いと成る。
他所の家に生まれて居ればと思う・・・
若し、個々の人が・・・子供の状態なら・・・当然、強い親が力で抑える方向にも成る。
この事は、人が餓鬼の性の人しか居ないとなれば、当然、独裁的、親分が必要に成るし、集団が維持できないと言う事にも成る。
私が教育が大事だと覆う部分が、この部分・・・しかし、この部分の教育を行っていないと思えるので、今後が不安に成る。
結局は、人が社会を創っている・・・その為に、個々の人が大きな意味を持っていると言う事に成る。
個々の人が、独裁者を創っているし・・・リーダーを創っていると言う事にも成る。
属している集団や社会が悪いと思うなら、当然、自分が悪い、力が無いと成る。
若し、この答えが逆なら、当然、心の奥底に、乞食根性の、餓鬼の性が強いと言う事にも成る。
私は三流なので、餓鬼・畜生・修羅の命が強い・・・注意が必要に成る。
与えられた、場を徹して守る・・これに価値を見出し・・誉と思える、一流と言われる立場に成りたいと思っているが・・・中々、雑音が多過ぎて思いきれないで居る。
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