2018年5月21日月曜日

RCドリフトの色々・・・

RCドリフトは、加重移動等よく言われる・・・しかし、操作のアドバイス等では、ハンドル操作を色々言われる・・・

基本に成る、シャーシも色々なのに、色んな、事が言われている。

私は、色々な車を試乗する機会が有る・・・その都度思うのが、個性が色々有ると言う事・・

当然、等速四駆・ケツカキ・2駆と大きく特性が違う、車も有る。

又、車の基本に成る・・・前後の重量バランスも大きく違う、個性豊かな世界だと私は考えている。

この多彩な、個性を、操作して・・・何時も思うのが、操作系の、リニア差を感じている。

例として、有る車は舵角5度で反応しない・・・等々、舵角の違いも有る・・・又低速で回す、当然回らない車も有る。・・・回せても、その下が無い・・・とまる方向にしか表現が出来ない車も在る。


簡単に書けば、仮に挙動の変化を利用する・・・加重移動を意識すれば、当然、T先輩が言われていた、振り子の原理が作用する。

この様な、多彩な影響を車は、受けながら走っている。

何度も書いているが、RCカーは外部操作、その為に、車が勝手に動く、これを嫌う傾向が有る。
振り子の原理もその一つに成る。

右に動いていれば、必ず、おつりとして左に動くポイントが出て来る。

乗車して操作する実車は、体でその部分を感じて居るし、思う挙動が出ていないのに、操作をしてもアタフヤな操作、挙動に成るのも知らず知らずに見に付いている。

以前、動画を掲載しているが・・・殆どステア表現が出来ない車での走行・・・・加重移動等を確り意識知れば、旋回が出来るし、当然、0カウンタードリフトに近くなる。

何度も書いているが、RC独特の世界の中で楽しむのか・・・又は、RCドリフターが言われている様に、実車感、リアル感を本当に、感じ取れる車作りをするのか・・・・この部分が、私は、よく解らない・・・

当然、最近は、コース等で、リアルの実車の、加重移動等の言葉も耳に入らなく成ったが・・・・


勿論、私も、絡み重視・・・リアル等二の次・・・一緒に走る、環境に溶け込む、この部分を求めた車も、現状で、保管している。
当然、4年ほど前の設定だが・・・何の問題も無く、走らせる事が出来ると思っている。

しかし、その車を出したいとは思わない・・・理由は、操作して面白さを感じないために成る・・・・絡んで当然、絡みもツンツン・カサカサが出来て当然・・当然なら、面白みが無いのも当然と成る。

結局、私の走る、目的感の変化だと思う・・・・

当然、加重移動等々は、操作に成る、操作は当然、ステア操作・アクセル操作になる・・・
しかし、その量が、車で違う・・・・

仮に、同じ、速度で、グリップ走行に近い、同じ半径の旋回を試みた場合・・・・車の個性で舵角が大きく違う・・・・

有る車は、走る舵角では、曲らない、結局止まる舵角を表現する事に成る・・・フロントが止まれば、当然、リアが出だす・・・グリップ走行から離れた走りになりだす。

ある車は、路面速度をアクセルを入れる側で演出が出来ない・・・結果、無駄に滑らせて、アクセルを抜く、弾み車の様な特性で走る事を求められる車も有る。

上記の二つの車は、実車では考えられない車に成るが、この様な車が実車だと言っていた人も何故か多い、特性に成る。

私はRC独特の特性だと思って居たが、この感覚も異端児に成る方向性を示している。

特に、2駆、RWDを誇張する表現をされる人に多いのが、FFより、ハンドルに頼っているし、無駄な舵角が多いことにも驚く・・・・が・・・口では、加重移動で曲げる、アクセルで走らせると言われている。

勿論、試乗させてもらうと・・・私の操作感では、全く実車感は無いと成る。

バネ上が暴れていると私は見える部分をロールと言われる。

勿論、私の知る限りの狭い世界に成るが・・・・

大きな、RCドリフトの世界とは、大きく違うと私は勝手に考えている。

一定の回転で、定常円、これはドリフトで無いと言われたし・・・上下動に激しく操作しての定常円が、実車の定常円と言われていたし・・・全てが私が知る実車とは大きく違う世界に成る。

勿論、狭い環境の中でと、思い・・・挑戦を続けているが・・・・狭い範囲でしか解らないが・・・RCドリフトとは、ハッキリした定義が無いと言う事・・・・・・各自が思った、事を、言えば、良いと言うこと、後は、言う人の立場が問題になると言うこと・・・

立場が無い、異端の者が何を言っても意味が無いという、世界、社会と同じと言うことになる。

立場が有れば、180度違う事を言っても、認められ、其れさえ信じられる世界と言うことにもなる。

私の実社会での立場と、同じだし、どう努力しても、結果は微々たる事に成る。

この自分の、言葉に責任を持たない、又、違っても回りが認めてくれる、立場が一流と言う立場なら、この立場に成らない方が、良いと言うことにも成る。

成っても、生活がよくなると言う保障も無い・・趣味の世界・・・

下手は、永遠に練習を続けて、今の操作技量を、少しでもUPする事だけを考えている、これで、十分楽しいという事に成る。

結局は、立場の上の人が決めた、格好よさ・・私の価値観とは大きく違う人が、格好良いと思う方向に成る。

私の四男の子供に教えている、部分と同じ様な気がする・・・求める格好よさの違い、之が、四男は解らないので・・・周りの同じ年頃の子供達の価値観で、身を滅ぼす方向に進んでいる。

私は、男の格好よさは、誰もきつくてしない、汚くてしない・・・誰も背負おうとしない、この様な部分を背負う、勇気と、情熱と考えている。

仕方が無いから、この辺でという妥協を出来るだけしない・・・之が格好よいと思う、価値観である。

当然、男、男気の考え方も各自で違うと思うが・・・・・・

不器用でバカな生き方と言われても、其れを続ける、これも生き方としては、私は格好よいと考えている。

得する、楽に儲ける・・・之を願うと言う事は・・・損する人を作っているし・・・苦労しても生活が出来ない人を作って居ると言う自覚が、最近の人には何故か無い・・・・

自業自得・・・之さえ、反則技等で回避できる、之が出来る人が優秀という、考えが強く成って来ていると私は考えている。

分相応・・・之も死語に成りつつある。

益々、人が、機械化・ロボット化しているし、その人の宿命・宿業が良い、これを求め過ぎる方向に成りつつある。

人間本来の姿が、この欲に溺れる、地獄の様相を求めるなら、当然、世のかなも地獄に近付く・・・


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