午後からお留守番・・・・
嫁に、依頼・・・・・
里の父が、手術後・・・感情の起伏が激しく・・・・対応が出来ないとのこと・・・
他人の老婆や私の父母を看ていた経験を買われ・・・・・・病院に向った・・・・
よく、嫁は、年寄りと接する時は、赤子と接する様にしないといけないと言っている・・・
如何しても私の場合、同じ目線か、下からの目線で・・・言動してしまう・・・その為に、勘に触り、喧嘩の方向に向う・・・・私の悪い癖・・・・
嫁は、母親の目線で赤子を看る様な、目線が必要だと確り、解っている・・・・
私が、若しその様な対応をされれば、逆に馬鹿にされている感じに取ってしまうが・・・・
取り方も色々有ると言う事になる・・・・・
しかし、高齢に成るという事は、駄々っ子に近付くとも言われている・・・嫁が言っている事も正しいと思う・・・・
之が出来る立場も有ると思うし、立つ位置のポジションも関係する・・・・・我侭を聞き入れる、しかし、嫁には其れを可能にする力が無い・・・・・出来ない・御免なさいとなる・・・この流れが時と場合では良い方向に向う場合が有るという事・・・・
若し、私がこの立場なら、聞き入れた我侭を、結果として形に出す立場のポジション、その為に聞き入れる事が出来難い立場になる・・・・
一人の人間には、色んな立つ位置の違うキャラクターが必要だと言う事になる・・・
嫁は、三人兄弟・・・・その末子・・・・・彼女のポジションが有り、又其れが良い方向に成る時も有る・・・・
各自、色んなポジションが有り、その個性が魅力だと思う・・・・勿論、一長一短は有ると思うが、全てを感謝できれば、幸せな生き方だと私は考えます。
しかし、何か、生き方や考え方まで、之が正しい・之が常識という風潮も現実に有る・・・・
この風潮に流され、その形、以外の価値観を見出す事が出来ない場合、結果、其れに合う、環境意外では生きれない状況に成る・・・又其れにそぐわない人を蔑視する心が目覚める・・・・
之を私は、不幸と考えています。
自分の周りに居る人、縁する人が全て之を基準で考える、若し縁を切れない人が、自分の思うような方向の人で無い場合・・・完全に不幸を背負ってしまったと後悔の念しか出ない状況に成る・・・・
生きる事は、色んな価値観を知ること・・・・其れを否定してしまえば意味が無い・・・その個性を容認しつつ、どう振舞っていくか・・・・・之が自己研鑽になる・・・・・
嫁の凄さに、感心している・・・・・・彼女の価値観でなければ、とっくの昔に見切りを私は付けられていたと思います・・・・
彼女曰く、バカはバカなりの生き方が有ると・・・・・・頭が下がる・・・・
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