2025年4月5日土曜日

ネット環境に接続

 ディサービスから帰って来て、休息し嫁と語らう、午後からカラオケに行ったら多くの人が待っておられたとの事・・・彼女も人さの役に立ち幸せだと思うし、結果的に功徳を積んでいると思う、要は損していると言う事は、人の為に成り役に立っている、当然己の身は犠牲にしていると言う事・・・彼女の振舞が結果として還暦を過ぎてもなおわかい頃に比べると落ちているが、現役の道連台の歌手の劣り方に比べると雲泥の違いで維持している。これも善業を積んでいるからだと思う。午後からは彼女が久しぶりに来店したので、私が返るまでの時間リサイタル状態だったとの事、誰しも輝く部分が一つ有れば十分、現代は、全てが60点主義で落第点は無いがこれと言う魅力も無い人を輩出し続けている。当然長けている部分が有るので、欠落している部分も有る・・・だから人は面白いし、縁すると色々学べる。夕食後、メモ帳に保存していた文章をブログに貼り付け、ネットでの更新が出来た。

ディサービスで利用者との繋がり縁を大事に話しかけ試みを行ったが、殆どが無視状態で、椅子から行動に移そうとする人も居ない、今朝は入所時間が早かったので、挨拶運動を実践、殆どが返答されない、勿論、言語障害の人も居ると思うが、意思表示が出来る部位が有れば、手を挙げる等出来るが、その様な気持ちも無いと言う事に成る。この場所も病を改善する場所で無く死を待っている環境の様に感じる、この空気を換えなければ、私も染まる。帰る前に横に居たオバサンとの語らいでこの施設を長く使用しているが、現代の難しい部分、本人の考え思い・それの人権・・・この様な施設は一歩間違えればパワーハラや虐待と言われる可能性が有る。結果、入所者の強い要望と家族の理解が無いと怖くて関われないし関わるなら,ぜったに改善しない動けない入賞者を担当した方が楽に成る。鍛錬・鍛えると言う事は無理している事、捉え方で変わる、今日話したおばさんが言われて居たが一か月前までは杖を使って、来られていたが、この一か月間、椅子に座り続けて体が硬直したのか今は来られてから帰るまでベットで過ごしてあるとの事・・・自業自得だが、何かの形で、エールを送りたい・・・何かの縁で、この施設で、諸先輩たちと共に過ごす時間が今後意味を持つと思う。老いる現実を己の五感で確り感じたいし良縁にしたいので、冷静で確りした九識の感覚で、とらえていきた

四月五日、ディサービスにて

今日のお迎えは予想より早かった、着替え中に来られたのであっせって準備、今日は欠席者が居られたので早くなったとのこと。

今ディサービスに着いたが、時間が早いので、パソコンのメモ帳でブログUPの下書きを行っている。此も私には、左指のリハビリに成る。思うように動かない、神経が駄目になっている可能性が高いとのことだが、無理でも動かし続ける事が私には生きることだと考えているし、目が見えなく、遠近感が乏しい状態でも、RCカーの世界で遊べていた、人様に迷惑をお掛けしたと思うが、ギリギリ受入れて貰っていた。今は、その視力も悪化して、パソコン上で拡大した文字さえ確認できない状態まで悪化、白内障の手術に踏み切り、右目は解消したが、視野の欠損部分の解消は現状では、改善していない今日は嫁の自由の時間を与えるその為にも、この施設で無駄な時間を過すことは出来ない、全て体を回復方向に無借るために全力を尽くすのが、今の私の責務になる。今後、血圧等の計測がある。一先ず終了にする!!!しかし、何も始まらないので、又パソコンに向っている、10分も無駄に出来ない、家族が私を施設に送り出している。のも費用が掛る。申し訳なさもあるので、限界と思えても頑張るしかない、この世に休むために生まれたとは思って居ない、生まれる瞬間から、生死の境を潜って奇跡的に生まれてきている、その後の生活も、人様のお陰で生きてきていると思う。人だから、当然、病も患う、老いても行く、この現象から逃げたり避けたりすることが出来ないと思うが、老いると言う事は???此をこの歳でディイケアで学んでいる、私の両親くらいの人が殆ど、どの様に過して居られ言動されているかを確り見て、今後の綿心の生き方に繋げたい、人の生き方の模範は先人に有る。どの様な先人を模範師匠にするかは各自の勝手だが私は死に様を大事に考えている。何を遺したか其れを、この施設に居る人達から聞きたいと思うが、言われる人は居ないと思う、今以上に改善したいと言う覆いがある人が少なく感じる。雑談・井戸端会議的に、憩いのばとして使ってあるのを見ると、家でのけ者に成っている感じがする。そのストレスをこの施設で解消すると言う流れの人も居るようだ、本来、機能を改善するための施設、私もリハビリでストレッチを行って貰って、自主練で平行棒を使った、歩行練習を行い、今又パソコンで左手のリハビリを開始した。今後、ラジオ体操1が有り、昼食になると思う、午前中は程、予定を消化した、後は、自転車こぎの自主練に頑張る事に成る。昼食後、パソコンでリハビリ・・・良い感じに左の小指が動いている。この感覚を忘れないように体に覚え込ますことになる、指の動かし形が以前と大きく変っている。指が動き難いので、手の平でホームポジションを動かして小指が動く範囲に持っていく作業が増えた。此も慣れと思う、鍛錬を続ければ以前の様に打てるようになると思う、もう少し自主連を行ったら昼寝をしたいと思う・・

昼食後、昼寝、二時間ほど熟睡出来た。こから喉の管の掃除・メンテになる。その後は、おやつの時間となり、帰りの4時まで、自主連を軽く行いたいと考えています。

2025年4月4日金曜日

血に繋がりの強さ怖さ!!!

今日、私が危篤状態の時、嫁と若嫁以外は基本、血縁関係者・・・その時の状況が少しずつ見えてきた。体中に管で繋がれ、人工呼吸器で生きて居る状態、息子達は起きれと叩いていたとのこと、妹と叔母は管を外して楽にしてやって下さいと言っていたとのこと、血縁だから言える事だと思う、凄い状況だったと言う事が解り、其れも三度も起している。その都度、大量輸血、RH-のA形、この血液を大量に持っている医療機関に偶然にも入院していたことになる。全てが、緊急処置、一瞬でも遅れればこの世に居ない、バイク事故もこの方向に向うための一つ、この時の怪我で、入院、一週間後に指定難病の為に久留米医大に転院、その夜に大量吐血で危篤、全てが偶然と奇跡の連打、少しでも時間楽が有れば私はこの世に居ない、我家で、自室で夜・・・大量吐血で、意識が無くなれば朝まで誰も気付かない戸うぇん死んでいたことになる。親の墓参り最後に成ると決め、無理して向った結果が奇跡の出発点と思っている。しかし、嫁は事故が原因でこの様に成ったと捉え割ることだと思って要る。私はこの事故が私を救ったと捉えている。この違いが価値観の違い、全て自業自得・・自己完結・・絶対に負に捉えたら負けになる。直ぐにネガティブに捉えるから、恨み・妬みに繋がっている。この個性は成長し難いし、変革し難いがこの様な個聖徳町の人も多い、その為の一緒に生きる人の力量が問われる。当然無知では駄目、学び続けないと同じ方向性の個性になっていく、この方が楽だからになる。脚歌詞、楽だから幸せで無い、空しさ等が募るので、目立ちたいとなるし嘘でも良い評価を求めている。この様な生き方も有る。要は、支える人の力量になる。勿論、私も現実離れの言動をするので、お互い様でも有る。夫婦は、一心同体・二人でどう評価されるか!!!

色んな学び!!!

 今日は透析日、朝から準備で忙しい、午後には眼科への検診もある。朝一で腰の屈伸のストレッチを嫁の介助行った・・・真っ直ぐに脚を伸し座ることが出来ない・・・;腰の屈伸が出来ず硬直しているので、其れを伸すために嫁から背中を強く押してもらい屈伸の介助をして貰い、苦痛を耐え終了・・・ベットの上で行っていたので、この状態で放置され、日頃、枕元に置いている、携帯電話・コードレスホーンに手が届かず、身動きが出来ない状態に。声で嫁を呼ぶが返答が無い、20分程呼び続けたが、嫁の性格、聞えても無視していると考え、己で対処と少し・少し、体を動かし続けたが、先に書いているように、脚を伸して座れ無い為に上半身が自然と後ろに倒れてベットより転落、激痛が走るが仕方方が無い、その後も嫁を呼び続けるけど無反応・・・這うようにして、出入口に戸を杖で叩き続けて、嫁が何事と部屋に入ってきたが、彼女力では私を起す事も出来ない、結果、一時間ほど、ベットの下で待機、長男が仕事途中に来訪して、ベットに移してくれ感謝している。

一回目の退院後、お店の階段でコケたが自力立ち上がることが出来なかったと書いているが、そのレベルで無い、腰の動きと弱さに気付く事が出来た。鍛錬しか、回復の方向に成らない、本来なら寝たきりとの医師の判断・見解に成る。それより私には良い方向に進んでいる、当然、歯を食いしばるくらい辛く・痛いが負けるわけにはいかない・・・ブログ当初の「勝つ必要は無い・絶対に負け無い」ブログと書いている様に、この程度で負けては生きて居るという醍醐味を得る事が無いと思って居る。私は、勝ち負け論も嫌いである。生きる言う事は、闘い続ける事だと思って居る、誰と???我欲だと思って居る。この我欲が強いから、負け組を輩出続ける。この立場は当然、恨むし・妬む・この思いで駆け上がっても同じ仕打ちを負け組にしてしまう。無限に続く、地獄の自称だと思う。己の我欲と闘い、他のため、仕のために、仕戸は私の独断の見解だが、他の人に仕えると捉えている。この思いで事を成す言葉を仕事と私は捉えている。この部分が己の為、己の我欲の為等々、器の狭い価値観で生きて意味が有るのかと思うし、この様な思いでの言動は、私事に成る、同じ「しごと」と発音するが意味が大きく違う、何故、あえて苦労し、み止めて貰えないという方向に走るのか???現代は我欲に走る事が普通になっているので、人の生き様を見せるのも生き方だと思って居る。生き様、答えは死に様を考える事・・・何度も書くが今井来ている人は100年後程この世に居ない、どんな権力者でも、しいたげられた立場でも同じで有る。よく病気等は、お金を持っているかで違うと言うが、一回の病の苦しみで死ぬのと、数回の病の苦しみを獲て死ぬとの、何方が良いのか、結果は誰しも死ぬと言う事、どんなにお金持ちでも権力者でも死ぬ・・・此を解っている人間が何故、我欲に走るのかが私は理解できない・・・後継者、此を創れるのも人間、何の為に創るのか、私が思う、仕事が出来る人と思っている。今日は、仕事途中に長男が駆けつけてくれた。この余蘊人が居なければ、長時間動けない状態に成っていたと思う。全て自業自得、道生きてきたかが結果になる。今日は、妹も心配して電話してくれた。私の嫁の性格も少しは理解しているので、下手で尋ねるように上手に聞き出しているようだ、要は、私も嫁も仕事をしていない、所得が無い、しかし、昨年度の所得で税金等の支払いが発生する、その為に年金手続きを嫁が行っているが、年金制度、運用等を確り理解している人は殆ど居ない、その為に人の話を鵜呑みにして事を進めている。役所の詳しくは解らない、よくよく調べてこの様に厚生生労働省の見解になっている等々、窓口で言わないと門前払いになる。この状態に成って、関原は避けられないと、普通の年金の申し立てをしている。此も私の先輩には社会労務士も居るし、司法書士もいる。法律に詳しい妹も居るので、尋ねて進めろと言っていたが、嫁は肩書きが高い人を毛嫌いする傾向が強い、結果己の思いと言うより、見栄・都合で事を進みているが、行政が悪い・色界議員が悪いと、他に責任転換を続けている。この興奮した感情を落着かせるために、ブログを書く前に社会労務士の先輩に相談して難しいとの事だが、いろいろ調べてみると言われた、一週間の期間をくれとのこと無理でも待つことに成る。国民として当然知っているはずの常識を知らない、役所等では常識のように言われるが、聞く側は???状態・・・病で本人は申請も出来ない、行政は受付機関、申請が必要、その為に後継者等が必用に成る。勿論、今後は他人も後継者になる覚悟が必用に成るし、私は、数人の他人の後見人・後継者になってきた。此も核家族の弊害だし利己主義の台頭で、血縁関係でも無関係を装う結果、緊急事態等に誰も側に居ない、見殺しにも出来ない、何度も書いてる、医療機関も同意書が要る理由が、無関係を装う親族が、何か有ると、訴訟訴える傾向が高いとのこと、その為に緊急を要しない処置は同意書無しには施術はしない・・・今日は一年ぶりに大型のリスカウントストアーに伺い、車イスで来店、三時位ので来客数も少なく駐車場は余裕があるが、出入口は車で満杯・車イスを降ろして、車イスに移動、車と車との間のスペースが必用なので、障害者の駐車スペースの手前で待っていたが、県が支給する障害者を示すカード等も搭載していない車で埋まっているし、どう見ても障害者の乗るような車で無い、しかし、待つしか無いのでっm吊っていると、私達の車のカードに目がいくと、目を避けるように子供を急に乗せ急発進、嫁がバックで進入進入を試みていると、直ぐに前進で突っ込んでくる車、元気よく降りて発止って来店される、結果、広く空いている遠くの駐車スペースに止めて、ユックリと車イスに移動、来店することが出来た。感謝になる。

この地域、障害者が多い、障害者を証明するカードも出す事さえ忘れると言う、知能生涯・精神障害者おおいようだ。昨日は、免許試験場に伺っsたが、駐車場は満杯しかし、障害者スペースは確り空いていた。同じ地域性だと思うが、人は、場所で言動も変えるのかと唖然としているし、この様な生き方をして、どの様な後継者を創るのか想像できると思う。将来・未来の姿が予想できる。可哀想であるし、哀れでも有る。私は、嫁を確り幸せにする責務が有るし、家族を死守する責任が有る。余力が有れば、親族・地域ぐらいまでこの思いを広げたいと思っている。この心半ば、これからという時に、大病を患い、足踏み状態、一日でも早く、仕事がしたい、間違っても私事はしたくない。生きる意味が己だけと言う女々しい生き方、日本人で無いと思って居る。






凄く良く見える!!!

 右目の手術後、二日が経った視野の中央部分は見え難いが少し改善しているように思える。透析日の為、午後三時以降に眼科の検診を予定している。今、裸眼で入力している。左目の手術が無事終了すれば見える景色も変わると思う・・・期待が高まる・・・四十前後で、右目の問題を気付き、これ迄、数度の免許更新は、左目だけの視力と視野テストでクリアーできていた、今回は両目に白内障を煩い、一気に視力が落ちた。左目の手術が無事に終了すれば以前より良く見えると思うし、願っているのだが右の視野の欠損部分の減少を!!!

2025年4月3日木曜日

忙しい一日・・・

 今日は朝一 で眼科での診察、眼帯を取り、手術の経過を見る作業の様だ、術後、痛みも無く順調に経過している。視力検査で、0.02まで回復、元から視野の中心部分がみずらく、視力検査で使う、Cのマークのが視野の真ん中になるので、視力の向上には成らなかったが。視野中央部分外はハッキリとクリアーに見える様になった。後は、左目の手術で終るが16日の予定、此ほど簡単に済むなら早く眼科に伺っていた方が良かったと思う。左目には視野の欠損場所は無く白内障の症状のみ期待出来る。その後、入院していた病院への通院・・・・時間を要したが無事に終了・・・帰りに、自動免許更新所へ今の私の状態を説明して何が必用なのか等々を確認・・・上手くいけば、一般講習で受講できるとのこと、問題は視力・術後経過が短く、最長で21日午後の更新まで受け付けるとのこと、また体の運動の力はギリギリ、通過できる範囲とのこと、この日までの更新出来無ければ失効に成るが半年間の猶予期間があり、せいと認められる理由なら更新できるとの事だが後期高齢者の敵性検査に近い近い、システムに成るとのこと、勿論、この間の運転は無免許運転に成る。注意が必要である。今ブログをUPているが、画面が見やすく打ちやすい、感謝に成るし、病院での待ち時間、ケアプランの人と介護用品の人と、一時間程、色々はなすことも出来た。全てが感謝だし、眼科の治療費と薬代で500円手術代も含み様だ、指定難病の方は、レントゲン・採血検査・診察・喉のパイプ交換・大量の薬代で1000円・・・・生涯1級と介護医療4級の為だと思われる。全て国民の血税のお陰・・・感謝するしか、今の私に出来る事は無い・・・

2025年4月2日水曜日

白内障の手術!!!

 透析後。眼科で白内障の手術・・・初めての経験で、緊張・・怖かったが、20分程で無事終了・・・手術中に痛みを感じることも無く、スムーズに進むことが出来、感謝している。水晶体は人工のレンズと交換、途中に濁りを取るためにレーザーでww術を行われていたようだ。

明日、眼帯が取れる。楽しみだ、疲れたの今日は終わりにする。

2025年4月1日火曜日

変化が・・・

 年度初めと月初めの四月一日・・・・ケアプランサービスも変化して来た・・・一日の予定・目標を決め、何を行ったかを目で確認できるし、一番は家庭の人が預けているが何を行っているかを見る形にしたいとのこと、殆どの人が、下向き加減でイスに座り続けられている。運動・リハビリを頑張って居る人等、いないが実情・・・預けている家族が「今日どうだった」とう尋ねても返答が無いの普通になるし。費用を掛けて通わせる意味が無くなる。共に切磋琢磨出来る、施設で有って欲しいと願っている。

旅達

 最後のバイクとして購入した、スクーターのスウィッシュ昨日の夕方、次男が新たなナンバーを持って来訪・・・・・無事に渡す事が出来た。