何時も、嫁から言われる・・・「貴方は愛情が無い」「優しさが無い」・・・・言葉にそれが含めれていないと言う・・・
妹から電話が有り、私が父に愛情が有る、言葉を掛けないと、妹も言っていると嫁が、私に言ったので・・・
今日の父との話を持ち出して、説明をした。
周りの人と仲良く、過ごすように言った私、嫁は、先生や周りの人の言う事を聞くと、早く退院出来ると嫁は言っていた。
この違い・・・優しさが私に無いし、愛情が無いから、父が耳に残さないし、言う事を聞かないと思っているようだ・・・・・
優しさや愛情というものは、見返りを求めての部分なのか????
之が有るから、人は言う事を聞くのか????
私は、違うと思っているし、その様な言葉等々で愛情や優しさを感じる等々、決める事では無いと考えている。
誰もしたくない、自分の性格に合わない、又は個性に合わない事がある。我慢する考えと、慣れる考えが有るが、仮に見返りをあげるからと成れば、当然、我慢の見返りと成る。
父の場合、この様な、対応をする人がなぜか多い・・・その為に、その一瞬は我慢していてるが、それが終われば、当然、見返りを求めだす、この見返りをしなければ、嘘つきとなる。
嫁だけでもない様に私は感じている。色んな家庭、人と縁してきたが、基本女性がこの対応を取る人が多いように感じる。
私は、駄目なら駄目で、終わる・・・中には理由を聞きたがる人も居る、その様な人には理由を説明する。
しかし、駄目と言っても、反応が無い人は、勿論、耳に入れて居ない、聞いていない、無視していると成るので、駄目な事をまた起こす・・・・
背に乗っている人が之を起こせば、当然、背負っている方が、処理することになる。その為に、背負って居る側は、覚悟が必要になる。
勿論、背負っている今だけと限定すれば、先送りにする方法で見返りをチラつかせて、その間をしのぐ事は出来るが、その後、背から降りたその人は、結果として、その駄目な行動をとり続けることになる。
子育てでも言える部分だが、私は駄目は駄目と話は終わる。
しかし、嫁は、何かを与えるから、我慢しとく様に諭している。
結果、言い付けを聞いた子供は見返りを要求するが、嫁はその事を覚えていない、結果、嫁は嘘つきと子供が言いだす。
子供と約束、私は基本しない・・・一方的に駄目は駄目と言う振る舞いをしている。結果、私には寄り付かない方向になるのは必然だと考えている。
父も同じで、私に近づこうともしない・・・理由は、指摘しかしないと思っている。勿論、指摘程度で考えて居るなら良い方で、文句しか言わないと思っている。
結局、今日も、嫁は、暫く我慢を父の要請、その見返りが退院した後に有る様に匂わせる言葉を吐いている。
之を、今日は指摘したら、嫁が少し理解したようだ・・・・
この振る舞いが上下感から発するし、この上下感の、レベルも非常に低いレベルに成っている。
私は、母から、感謝の言葉が欲しくて、頑張って居た感じがする。新聞配達、色んなアルバイト・仕事、その全ての対価を、当然の様に個人として求めて居なかったし、当然、母のものだと思っていた。新聞配達等々で、起きる、色んなトラブル、当然、自分自身で解決する。これが母に迷惑を掛けない方法と思っていた。
対価、以上に大事なものが有ると、幼い時から思わせる、躾を母がしていたことに成る。
見返りと直ぐに言うのが、父だった感じがする。親が言う事をすれば、その対価と言う論法・・・
幼いころは、父が優しい、母は愛情もないと思っていたが・・・今では逆に思うようになっている。
父の場合、自分に都合が良い部分は絶対に忘れて居ない、結局は、してやった見返りをしっかり戻すと、唆している人が大勢居る。
又、その言葉を信じている。今、我慢していれば、退院が出来て、その人たちから、上げ膳据え膳をしてもらえると思っている。
それが有るので、絶対に、私に誰がという部分を言わない。
騙される人に多い、パターンに成る・・・死に水を取った、近所の老婆も同じ、知恵遅れの子供を死ぬまで面倒を見てやると、近寄ってきた人たちに、多々のお金を貸している。
勿論、その老婆の周りに当てになると思える人が居なかった事も事実だが、老婆が気付かなかった事も有る。
夫が残した、事故での死亡保険、殆んどを、その様な人に取られた形になっている。
当然、老婆が亡くなれば、関係ないと逃げられている。
全てが口約束・・・・その結果が、一番タイプが違い、一番口煩く言っていた嫌いな私に、最後の面会の時に、仏さんを祈る様に手を合わされて居た、姿を思い出す。
結局は、下心が有るから、正直に言えない・・・言えば当然、叱られる・・・だから尚更言わない。
父も同じである・・・又、その様な人を私は多々見てきた。
夫婦間で、この様になり、最後は病気に成り、離婚、今は生活保護と医療保護を受けられ、施設に入所されている先輩等々・・・色々ある。
全てが、現代の、損得勘定で、特に邁進し、損から逃げる、この価値観から発している。
勿論、損得の、価値観も各自で違う。何が得かも違うし、損も違う、しかし、現代は全てがお金に成って来ている。
待遇も、結果的にお金で有るし、上げ膳据え膳をしてもらえる、之もお金に成る。
嫁が、普段、愛情や優しさで言っている言葉も、裏を返せば、お金を与えるからという、対価を示して、今だけは言う事を利かせる方法に成っている。
嫁が、この様な価値観なら、当然、私も稼げなく成れば、捨てられる立場と言う事に成る。
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