2019年5月6日月曜日

我儘・・・幸せ???

個人主義の台頭なのか????・・・・我家族を看ていると、我儘が出来る之を幸せと考える傾向が強い・・・

何度も書いているが、家の崩壊・家族崩壊にこの部分が作用していると私は考えている。

仮に、この価値観で、集団を組織したとイメージすれば・・・自分の思う通りの人、価値観が同じ人を求めるし、当然、その頂点に立っている自分が一番、我儘を通せると考えている事に成る人が、リーター的集団に成る。

その下位居る立場の人も同じ価値観なら、自分の思う通りに成る・我儘が通せる之を求めているし、それが出来る方向に画策する事に成るし、当然、下位に向かうにつれて、負の不満等々も増えていく・・・この集団を維持する為には、昔から言われる、飴が必要に成るし・・・不満のはけ口を創る事に成る。

個が集まった集団と言う事に成る。

之が、人間の本質だと私は考えている。

同じ、価値観で集まっても、問題、不満が蔓延する。之が人間だし、有史以来この部分が、多々の争いを招いできたと私は考えている。

不満を感じない立場を目指して、仮に独裁者と言われる立場に成っても、不満は必ずあると私は考えている。

私は三流だし、力が無い・・・その為に、家と言う単位を維持する事にも難儀している。
家族の不満を無くそうと努力しても、不満は有りt有り続ける。私の力不足が原因だが、単純に之で片付ける傾向が、家族に有るのが怖い・・・・

以前も書いているが、これが正しいという一極化・・・同じ価値観の一極化・・・之が怖いと私は考えている。

人各々で正しいも変わる・・・違いが有るが人は一人では生きれない・・・この部分をどう取り纏めるかが人の知恵だと私は考えている。

要は、人が集まる柱が要るという事に成る。しかし、この部分を現代社会は否定し続けてきて、結果的に、人の本能部分の自分さえ良い、これが幸せだと教え過ぎてきた。

結果、昔も書いているが、仕事が私事に成っているし・・・師に仕える、
事が己か、他かの違いに成る。

我が子もこの部分を話しても、頭が?????状態になる。全く理解できない頭の構造に成っている。

浮き草稼業の方が子供達には解りやすい事に成るし、その生き方が何故、駄目なのかも解らないでいる事に成る。

この部分も、究極を言えば、利が全てと言う女々しい発想に有る。
之は、逝った母が言っていた部分に成る、女は愛情と言っても、利が必ず有る・・・・女は、環境を択べる為に・・・負に向かう方向の環境を嫌う傾向が強い・・・
利を求めて、その結果が愛情と言う・・・・勿論、全ての人がとは思わないが・・・

男は、本来、地と共に生きる、思いが強いと私は考えている。
今居る地を、どうするかが男に成る。
勿論、地は選ぶことが出来ない、これが前提に成る。

しかし、現代は、息子の教育も、母親の女としての価値観を強く、受けた子供が増えている感じがする。

結果、負から逃げる傾向が強いし、自分の利に成る方向へ移行す事が、当然と思う風潮さえある。

現代の集団は、個人的に面白そうだからと集まる傾向が強い・・・集まる人が多い事が、正義だと勘違いも起こしている。

簡単に書けば、目的が遊びである。

遊びに出かけたなら、当然、買える場所が有る事に成るが・・・この部分を軽んじて考えている。

若し、私が、先に書いている様な、考え方や価値観だったら、我家は大昔に崩壊している。

楽な方向、利を求める方向が、正しい・正義と成るなら・・・私は、負から逃げていたと思う。

勿論、この様な生き方だから、人から馬鹿だと言われているが・・・守るべきものを背負った覚悟が有るなら、当然だと私は考えている。

要は、力が及ぶ範囲内で、動け・・・之が、連休中の私の子供達に行った、能書き・・・・この部分も分相応に成る。

自分を過信するな・・・・間違いも起こす。失敗もする・・・ただの人だという自覚・・・

上の子供たちは、少し解ってきた感じがする。人の親に成ってからだが・・・
又、彼達は学歴が無い、劣っているという自覚がそれを速めていると思う。

早く、私が考える、一人前に成って欲しいと、願っている。

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