出ている。息子達に確認・・・
問題なく、無事であるとの事・・・
長男宅には、嫁の妹家族が来ているとの事・・・・
次男宅も、無事・・・・嫁里も無事との事・・・
三男宅も、無事・・・・嫁の姉家族も来訪中との事・・・
各自、守り手として、少しは自覚が有る様だ・・・・
家族の守り手・・・一家の守り手・・・一族の守り手・・・地域の守り手と、分相応で良いから、広げて行ってもらいたいと、願っている。
勿論、三流の私の子・・・大きな事は出来ないと思うが、これ位の範囲なら、感覚で判る筈・・・・
私は差別主義者なので、男は、この守るもの・部分が多く成る事が、男らしいと私は考えている。
男子として生まれたら・・・この部分に挑戦してもらいたいと願っている。
先のブログの続きだが、社会・環境・地球は何を求めているか????・・・私は守り手だと考えている。
この守り手が、居ると言う、実感が、安心に繋がる。
現代、物質的には、半世紀前の環境から考えると、天国に近い様相になっている。この事は、物質的環境は、良い方向、幸福な方向に進んでいる。
しかし、何故か、不安が有る。
不安が多いと、幸福感が喪失される・・・・この不安の理由は・・・私は、後継者・守り手としての後継者が、周りに少ない・又は居ない・・・之から来ていると考えている。
本来、サッカーに当てはめると、一つのゴールを守り手のキーパーが中心に成って、死守している。
しかし、現代は、無人のゴールが多々増えて来ている。
意識ある守り手のキーパーも多くのゴールの死守は、限界を感じている・・・之が現代に成る。
要は、意識ある。若人の後継者の排出が急がれていると言う事に成る。
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