もう・・・・・三十年ほど、同じ事を、言い続ける事に成る。
父は、理解出来ないでいる・・・・全てが二極・・・・この二極も、褒められるこの方向が良いと考えている。
当然、誰にな成るが・・・この誰にも多い方、人数が多い方が良いし、自分の凄さの実証だと考えている。
仮に、父を看る・・・・妹が治った、良く成っている、之を信じ、又、良いと確信したから、今後看ると成る、当然、今までの父を知っている、又は人とはを確り知っている私は、この部分が怖い・・・・
良いと確信が有ってたから観たのに、小さな問題を言いだしたと、今度は言われる立場に成る。
良いから看る、悪いから看らない・・・この様な価値観が私には解らない・・・
今日は、父に、近所の老婆と息子の一家を、老婆を看取るまで看ていた人は誰???と聞いたら、お前達と言われた。
老婆家族には、夫の事故死で、多額の保険金が入る・・・・・無く成られた、父親は、我家に来る都度に、我家は馬鹿ばかりだから、私が死んだら、生きて行けなくなると言う事を、口癖の様に、言われていた。
その父親が、何が因果解らないが、我家から、数メートルの処で、交通事故で亡くなった。
その後は、当然、一杯の、良くタレが集まって来る・・・・
凄い・立派と褒め言葉を吐きながら・・・・その中で、私が何で、こんな馬鹿な事をと言っても、私しか否定論者は居ない・・・・殆どが、肯定論者・・・・湯水の様にお金を散在・・・
結果、親子でこの流れ・・・・最後は、多大な借金を息子がしたと、老婆が、殺傷事件を起こされた・・・
この後、我家、特に、私達夫婦で、その家庭を看る方向に成った。
その時に、息子・老婆に、言った言葉が、貴方達を凄い等々、褒めて居た人達は何処に行った???貴方達の、一番の否定論者の、我家が何故、この様な事をする事に成るのか???
行動に対して、否定しダメ出しを多々していた、立場が何故と、問った。
叱ったり、馬鹿がまで、言っていた人は、何人いたか????と聞いたら、親族の一部と、勿論、父親・・・・後は我家位で・・・
他は、褒めて居たと言われた・・・この褒める、人数が多い、だから正しいと信じて居られた様だ・・・
しかし、結果が、悪くなると、誰も居なく成り、一番嫌いと思っていた人が、何故か最前線に出て来た、之が真実だと思う・・・・
こんな、困ったチャン家族を、老婆は看取った、之が、我住む地域では、誰もが知っている。
此処まで、話しても、父は、理解していない・・・
他人を看取った、其れも警察沙汰に成った、大変な家庭を看取ったと成っている、私達夫婦が、実の親を看る事が出来ない。
この意味が解らないで居る。
父の場合は、当然、子供がいれば、平等な権利が有るし、責任も有る。
その一人と、父に問題が有るから看る事が出来ないと、世間では成る。
この部分が、理解出来ないで居る。
父が嫌いだから、看る事が出来ないと思っている・・・人とは好き・嫌いで事が決まる物では無い・・・
この理屈で言えば、一番、嫌いなタイプ、話しても理解出来ない、其れも他人で、警察沙汰まで成った、家庭を看て行く・・・之が出来る訳が無いと成る。
しかし、現実は看て来た。又老婆は看取った。之が結果・・・・
勿論、施設等を利用できたから可能だったが・・・・
其れでも多々の問題が起きるし、その都度、施設に伺って、処理する事に成る。
之が人で有る・・普通と私は考えている。
しかし、父や妹は、何事も無かった、問題も無かった、だから当然、看る事が出来ると言う論調で話す。
この部分が私には解らない。
看ると言う事は、問題も含みに成るし・・・当然、人だから起きる事・・・簡単に言えば、負を背負う形に必ずなると言う事・・・だから、上から目線で色々、丁寧で、綺麗な言葉だがこの様な論調で、言う方が逆に、怖い・・・
本来なら、頭を下げる、之で済む話・・・・
単語にすれば、頼む之が含まれれば良いが・・・・この論調なら一般人なら否定できないと言う、方法論が、私は嫌い・・・
結局は、父も妹も似ている・・・・・褒められる之を求め過ぎている。
私も、全く、縁が無く、責任を負う必要が無いと思う人なら、馬鹿な行動をしていても、凄いね~~~・偉いね~~~序に、真似したいがレベルが低いので、出来ないと、褒める。
何度が書いているが、この様な単語が耳に入った時は、聞き流すか・・・逆に取って、真剣に考え直す事を、私はしている。
逆に、困ったチャンの家族を看る・・・・この行動を、単語で示せば、馬鹿・・・有り得ない・・・考えもしない事をと成ると思う・・・・しかし、一つの家庭を看続けた事は、生きた証が有ると言う事に成る。
しかし、何故、出来たか????と考えると、事故で亡くなられた父親の、何時もの行動と、言葉・・・・私が死んだら、後を頼んどく・・・この言葉に対しての、答えを、私達が考えた事に成る。
釣りが趣味で・・・フナ等々の小魚を、我家で、甘露煮にする。之が子の父親の、何時もの行い・・・・・お礼と、今後の事も含みで、何時も続けられていたとの事・・・私は、勤め人だったので、知らないが・・・・フナの甘露煮が、食卓に乗る都度に、母親が私に、話していた。
この恩に対して、答えた、唯、単純な話に成る。
この様な単純で簡単な事が、人との恩義理に成るが・・・・之を、求めない為に変に、言葉、論調を、作りだす・・・・・・
何時も思うのが、この部分、私は商売を初めてが、父や妹の関係だからと電話等で、商談に成った事は一度も無い・・・・結局は、恩を人に与えて居ない事に成る。
恩とは、物を与えた等々で無い・・・・心の部分・・・
物部分は、忘れる事・・・・しかし、心の部分は確りと覚えている、之が求められていると思う
要は、物は、切っ掛け、本心は、当然、心の部分だし、当然、言葉に出さないと解らないので、何処かに頼む、之が有るか無いかだと思う・・・・
言いまわし方で、この頼むを消す言い方を、何故か、優秀で一流と言う人は使う、借りを作りたくない思いが強いからだと思う・・・・・
生きている事自体が、人様に借りを創っていると私は、考えている。
だから、普通も頭が下がる世界だと私は考えている・・・しかし、この様な思いが無い人が居るが、多いのが、優秀や一流と自分を思っている人・・・
優劣の部分は、他人が判断する部分に本来なら。
父が、話を切りたい様だ、父の論法は私には通用しない・・・しかし、切り方が、お前も腹が減っているから、母屋で飯を食えと言う・・・・・他人の空腹が解ると言う事にも成るが・・・・本来は、少しきつく成ったから、ご免、この辺で・・・・で良いと思うが、ご免が言えない。
しかし、父も高齢、若い時から指摘しているが、解って頂けない・・・結局は、私の力不足に成る。
父は、父の個性・・・・之を含みで、どう対処していくかを考える事に成る。
しかし、父や妹は、看るのか看ないのか、この二極の、価値観・・・・・
難しい、事が続くと考えています。
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