春から、高校になる・・・子供達が何時もの様に我が家に押し寄せている。
行く場所が無いのか???・・・・・・昔は四男を頼って来ていたが・・最近は五男に会うと言う事で、我家に来ている。
皆、高校には行ける様なのに、人安心・・・・家庭の事情なのか、数人は、夜学に行くとの事・・・・
我家に来れば、食べ物は有るし、躾が悪いのか、勝手に冷蔵庫や食品保管庫を開けて、勝手に食べている。
その都度、嫁が叱ってはいる様だが・・・効き目が無い・・・・
我家に来ると、落ち着くと言う子供達が多い・・・その為なのか、特待生で高校に入った子は、プロ野球のドラフトで、選ばれたら・・・・100万円持って来る等々言っている・・・・・が・・・・・
四男の同級生も、最近、大学や就職が決まったと、嫁に報告に来ている・・・・
嫁は一緒に良かったと、騒いでいる、その風景を見るだけで私は心が和む・・・・
次男の結婚式にも、沢山の友達が、列席してくれたが・・・・嫁は各自を周り、昔話で花が咲く風景等、を見ると、嫁の行いも、お金には繋がらないが、良い事をしていたと、思う瞬間に成る。
特に、子供が生まれたと、見せに来る・・・・之も嫁には嬉しい事だし、直ぐにお祝いと色々渡す、嫁を見ていると、羨ましくも感じる。
結局は、生きた証・・・・・何を残しているかに成る・・・・
色んな報告を受ける・・・之も現代では面倒と考える人も居る・・・・しかし、仮に10年生きた、証は????と考えた場合・・・・何も無い人も現代は増えている。
思い出と言っても、その場だけで終わる事が多い・・・・・
人と共に生きる、又生きた証を確りと、語ってくれる人が居る事ほど、皺させ者は居ないと思う・・・
私も同じ事で・・・・今もバイク屋のオヤジに合いにチョクチョク、伺っている。
昔話で、花が咲くし・・・其れをオヤジの息子の専務が聞いている。
息子に色々過去を直接話す父親は居ない・・・・しかし、自分の生きた歴史を知って貰いたいと親なら思っていると思う・・・・・
其れを私が伺うと、昔話や、それに加え、人の見かた、世間等々の、知恵をバイク屋のオヤジは私を通じて息子に話している。
この様な立場は、現代では無用の存在に成っている・・・何故か、一円も得をしないし、逆に、面倒臭い事に巻き込まれる可能性が高い・・・
昔は、結婚と言う場合も、仲人と言う、立場を求めた・・・・理由は、間に立つ人間が必要と言う事・・・
直接には言い難い、又、喧嘩になる等々を避ける為に、間に人を入れる、之が普通の考えだった。
クッション的、場所や人が居ると言う事に成る。
勿論、この様な立場を、誰も評価し無い時代・・・・結果、解らない状態で、何も出来ないこの様な人も出て来る。
例として、土曜日の番に、村の総会が有った・・・公民館としての会計報告、等々が有り、本年度の役員さんのお仕事は、終わり・・・最後に、角隣組の、来年度の役員の名前を、黒板に書かれただけで、終わった・・・・
4月から、来年度に成る、今月中に、役員の中で、公民館長・副館長・会計担当を選出する事が必要に成る。
昔なら、名前を黒板に書いて・・・誰しも何処・何処の誰と、人物が特定できたが・・・最近は転入者も多く、誰も知らない人も居る。
結局、私が声を上げ、この場に、来られているなら、別の下手に集まってくださいと、発しないと、事が進まない・・・
又、現実に、集まってもらっても、引継ぎ等々も、現実には無い、村内の事、誰しも知っていると言う前提で進んでいる。
知らないと私の様に言ってしまえば、村内の事に関わって来ていない為と罵られるだけで、誰も教えてくれない・・・・
結局、全員は、来られていなかったが・・・何時役員会議を開くか・・・又、その案内を如何するか??等々を話す事に成るし・・・又、その中で、村の祭り事の責任者を決める必要が有ると、説明する事に成った。
現実に、隣組で村祭りは回している、結果、今回担当の、隣組の責任者は高齢な人・・・之も問題だし、其れを総会中に話すべきだが、終わった後での話し・・・・
どうにも成らない・・・・・
結局は、庶民は騙されていると私は考えている・・・・理由は、知らないと言えないし、この事は教えてください友いえない事に成る。
言われている事に、頷き、知らないことで見た記憶を辿ってする。之だ続いている。
又、今回も、記録や資料等を、我家に求めに来られると思う・・・・何も残さない・・・之が村内の流れ・・・参加を続けて、人まねを繰り返して来る、之が続いている。
村の活性化を考えた場合・・・・色んな情報の共有かも大事に成る・・・
しかし、個人情報法が足枷になり・・・名簿等が作れない・・・特に独居老人等の部分も保安上問題が有ると言う事で、何も出来ない・・・
結果、隣組にこの様な人が居ても、如何する事も出来ない状態と言う事になる。
勿論、昔から住む私の場合は、有る程度、解るが、其れも近場だけになる。
前回の熊本地震の際も、数件は、安否の確認に走ったが、全ては解らない・・・
現代は、教わりたいと思っても法律が壁を作っている。又問題が有る事は、感じているが、其れも法律が壁として、存在して何も出来ない。
出来る事は、公的機関に、心配だからと連絡を入れる程度に成る・・・・之でも時既に遅しと言う場合も出て来る可能性が有る。
一緒に住む、若者が居れば良いが・・・私達夫婦も、子供を多く育てたが、老後に若者が居る保証は何も無い・・・・
一週間以上、最近は見なくなったな~~~~と、有る人が公的機関に連絡して、初めて、事が動き出す。
勿論、民生委員も居るが、どうしても現役を引退した高齢の人が成られている。
迅速な対応は難しいと思う・・・・
ドンドン、怖くなる、時代背景に成って来た。特に親族が完全に居なければ、行政がタッチするが・・・誰かが居れば、後継者を育てていない、責任として、行政は直ぐには動かない・・・
以前も書いたが、運良く、病院に運ばれても、手術同意書を書く人が居なければ、基本、手術はしない・・・
正確保護者や医療保護者は当然、直ぐに手術をしてもらえる。
一所懸命に、子育てをして、都会に排出して、国に貢献しても・・・結果的にどうなるか???、現状のシステムを見れば、私は良いとは言えないと思う・・・
結局は、逝った母が言っていた様に・・・優秀な子供は国にくれてやれ・・・しかし、親として又人間として、背中が痒いと成ったと時に、かいてくれる子供が必要・・・その為に、沢山、育てて、馬鹿な子供は手元に置いておけ・・・と言っていた意味が最近よく解る・・・
勿論、多大なお金を持っていれば、背中がかゆいと、1万円払って、かいてもらう事も出来るが・・・その能力が無ければ、当然、若者の手が要る・・・・
村と言う単位で考えても、同じだと考えている・・・・各家に、若者が居る・・之が本来の姿だし、この方向に、今後は、介護医療制度も、変わって行く可能性が高い・・・なぜなら破綻する可能性が高いから・・・
今のままだと、子育てを放棄した方が、生活や老後の設計が楽な為になる。
居きる事は、人の介助も当然行なう、之が基本と私は考えている。この部分を放棄すれば、本当に楽な生き方に成る。
之も楽が・・・幸せの基本と考える、価値観が問題と私は考えている。
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