2017年3月9日木曜日

動画を観て・・・

思い出した、この頃、丁度、2駆のドリフトも平行して、考えていた時期・・・TA-05で模索していた・・・

車の動きを見ると、今の2駆の挙動に似ている・・・・強い、リアの牽引力、設置面加重での真っ直ぐの押しを、フロントの舵角で止めて走る、走法・・・結果的に車から重苦しさが、出て来ている・・・・

之も一つの前後の喧嘩走法になる・・・・・・しかし、タイヤのトラクション能力の低さを之を、カバーして、横への飛距離を伸ばしている・・・・・

この様な走りが、以前は2駆走りと私は考えていた・・・勿論、2駆を試し、経験していた為に・・・・

しかし、今観ると、喧嘩・重苦しさが大きく感じる・・・之も、時代の流れ、私自身の変化だと考えている・・・・

この部分が、今では、接地面加重と、タイヤ・路面の関係性の大事な部分を知る、流れに成っている・・・

スピードが遅い、之もタイヤに応じた重量なら、慣性力の影響も減る・・・・・慣性力を残しながら走る、このバランスも、タイヤのトラクションの能力の演出技量との関係性にも成る・・・・・

全てがバランスという事に成る・・・・・しかし、スピードは、速いポイントが有れば、限りなく0km/hに近づく部分がある・・・・遅いポイントに成れば、慣性力も減るし、その時点でのタイヤのトラクションとの影響でドリフトが止まってしまえば、大きな内切り方向の操作を必要とする・・・・

この当時は、リアを流すと考えていた、この事は滑らせるから少し、操作側に軸足を移した操作方法に成るが、慣性力を強く意識し、利用した走行の方向性に成る・・・・

低速部分で、リアを蹴り出す操作が出来れば、慣性力の利用度も減る・・・・この当時から、再度、小さな、定常円等々の練習を再開している・・・・

何かが違う・・・この感覚が、疑問に膨らみ、その答えを探す方向に進む・・・・

ケツカキで有ろうと、2駆であろうと・・・・勿論、等速四駆で有ろうと、無駄の少ない理想的な走りが、各自の拘り、思いで有ると思う・・・・

何回か掲載した、スピードを求めるなら、ツーリングのハイグリップタイヤでのドリフト走行の動画も掲載している・・・・

各自の好みが有る・・・・何を選ぶかは各自の勝手だが、同じコースを走ることを前提に考えれば、無事故、ぶつけない・・相手を抜かない、この位、配慮は必要だと考えている・・・・

この配慮が有れば、後は各自の勝手・・・・拘りで良いと考えている・・・・・

車の挙動は面白いし、見る側の見方が変われば、感じ方も大きく変わる・・・・・

各自個性が違うように、車の作り方も千差万別の筈・・・・之が各自に合う車に成る・・・・
自分の個性に応じた車を作る・・・・・しかし、其れが解らない場合は、色々試す・・・・

試した結果、仲間が居れば、評価してもらい、駄目だしを一杯貰う、之が成長の糧に成る・・・・仲間や、本音を言ってくらないら、自分で、疑問・矛盾を探す・・・・其れが心の中での実況中継も一つの方法だと私は考えている

数日練習して、出来る、この様な浅いジャンルでは無いと私は考えている・・・・

一年練習しても、操作が難しく、不可能と思えるような車と、正面からの勝負を挑む、之も大事だと考えている・・・・

よく、競技会が等々その環境だけでの優位性を望む人もいるが、勿論正しい、しかし、技量の練習には、数台車を持っているなら、練習用の車を日頃操作していても、私は良いと考えている・・・

大事な車なら、保管も苦にならない・・・・・日頃の普段使いの練習車、之も大事だと考えている・・・・・・しかし、一度、良い方向でのイメージを付けてしまうと、フラフラな走行が出来ないと言う意見も有るが、其れこそ、人目を気にして見栄が有る為と私は考えている・・・・

正直に自分の分を超える車の練習をしている、之で十分回りは理解すると思うし、若し其れを理解できないなら、その様な一度、勲章を貰ったら永遠に凄いと思っている人に成る・・・
人の変化を求めない、小さな考えに成る・・・・

どんな人でも失敗する、之は当たり前・・・・どんなに優れている人と言えども叩けばホコリも出る・・・
人とはその様なもの・・・・その為に、飾る必要にないし、今の自分のレベルで一所懸命に練習をするこの思いが私は、凄いと思う・・・・

人から駄目だし、意見・等々を厭わないと思っている人も居る・・・・逆に名誉・凄いと言われたいと思っている人も居る・・・・

しかし、勝負氏が多い世界・・・・褒め言葉を求めて居た方が、結果的に辛い立場に追い込まれる場合が有る・・・之は、色んな勝負のジャンルで当然、有る部分・・・

最初から、駄目だし大いに結構でいるスタンスが精神的にも楽だと私は考えているが・・・・・何故か、名誉を得て最後には消えていく人が多い之も悲しい・・・・

何故、上達を願うのか、次の峰を探す為と私は考えている・・・・間違っても人の評価を得たい之で上達を望めば、結果、人様を恨む方向に成る・・・

何故練習するか、難しいからに成る・・・・此処に第三者の目や評価を気にすれば、結局、恨みしか生まない・・・・

ドリフトの面白み、見せる・・この考えが各々の価値観で変わる部分・・・・




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