何度も書くが、人間は耳の痛い話は・・・聞きたくないと言う、本能が働く・・・
マスコミは、情報と言っても、視聴者の興味を引く、情報を多く流す方向に成る。
同じ事で、情報を発信する、目的でも変わるが・・・沢山の閲覧者を求めていれば、当然、興味を引く、耳障りの良い情報に集中しだす。
私の目からだと、現実逃避した・・・情報が氾濫している感じがすると、何度も書いてきている。
勿論、行政等は、真面目に情報を提供しているが・・・先に書いた、人間は耳の痛い話は、興味を示さない傾向が有るので、提供しても、知らないと成る。
私が住む、柳川は、有明海の最北地に面している。
海と言うより。湾に属している、内海である。
この海に津波が起きる等々、普通は想像が出来ない・・・
しかし、津波は現実に発生している。
小さな数十センチの津波でなく、数メーターの津波が発生している。
我が地域に津波、と話せば、殆どの人が、笑われる・・・之が現実である。
過去、雲仙、普賢岳の溶岩ドームの崩壊・・・島原方面に崩落したが・・・之が北側に崩落、有明海に落ち込んだら・・・大変な災害に成っている。
その当時、仕事の関係で聴いた話だが・・・建設関係者に、重機・・特にユンボの台数等々の確認が行政から有ったと言う事・・・・
基本、行政は、過去の事実を元に、啓蒙活動をしている。又、その情報も提供している。
それを、得るか得ないかは、市民・庶民の責任だと私は考えている。
しかし、お金儲けが大事と言う、人が増えている現代・・・儲からない方向の情報を出すか????・・・之が問題だし、人が求めている耳障りの良い、話、情報・・・之と合わさり、無知が広がっている事に成る。
干拓地で有る、我が地域・・・堤防が、干拓が広がるにしたがい、幾つも有る。
当然、海に対して、平行な河川、土塁もある。この数が多々有った方が津波の被害に対しては、安全だと私は考えている。
又、最近、我が地域で一番、高い、標高が有ると、道路が、私の住む、南側に出来た、沿岸道路と言う、自動車専用道路・・・・・工法も、土塁形式・・・・
津波に対しての安全性が上がったと考えている。
又、次男が土地を買い、家を建てたが、個の安全性を、私は考えていたし・・・
選んだ、土地はそれに適っていた・・・交通等は不便だが・・・お宮の直ぐ近く・・お宮は高い所に造る傾向が有る。
昔の集落の家後の土地・・・・・私の思いに近い土地を選んだと考えている。
長男も家を建てる計画をしているが・・・この部分は、指示できない、嫁の実家の横と言う事・・・・
住む場所が、命を守り難い、土地も有る・・・・・私は利便性も大事と思うが、それ以上に、安全性を大事に考えている。
勿論、現代の土地の評価には、この様な部分は、評価対象から除外されている。
駅に近く、学校に近い、大病院に近い等々が良い評価に成っている。
しかし、この様な建物、どの様な土地に、建てられるか????
基本、低い土地、冠水しやすい土地に、有る場合が有る。
昔は、住む目的の土地でなく、商売をする場所と成っている・・・・
地域を観察する・・・土塁跡が有る、等々解る筈、何の目的で作られたのか???・・・等々の、知る事は、無駄で無いと私は考えている。
堀、川、之も意味が有る・・・・何故あるのか、又、元川だったという処も有る。
自然が形成した、河川の流れを変える、之も人間だから行っている。当然、元川が存在する。当然、低いという事に成る。
利を求めての治水計画も有る・・・・守る当然、命を・・この考えの治水計画も有る。
現代は、目に見える利が無ければ、公共インフラに対して、予算が付き難い・・・
数値的に、表現できにくい方は、無視される方向に成る。
損する話より、得する話にしか、興味を示さない、人間が判断しているからに成る。
勿論、各自の価値観に成る・・・何に価値を求めているかは、各自で違う・・・
私がブログによく書く部分に成る。振舞い等々で、価値観が見える・・・・
しかし、殆どの人は・・・情報を得ていない・・・之も、社会の扇動に成る・・情報を与えない、之も扇動に成る。
その為に、咄嗟やいざとなった時に、この部分を思い出す。
結局は、人間として、本来持っている、価値観を、出させない方向の、誘導が起きている事に成る。
命の危機を感じた時に、本来の価値観が蘇る事になるが、恵まれ過ぎている為に、気付かないでいる事に成る。
先ずは、自分の本質を知る事・・・・最高に有る時に、欲が出て、事を起す、しかし、人は、永遠に、その状態を維持する事は不可能、走れていた人が、歩く方向に向かう、歩く事も困難になる場合が、普通だと私は考えている。
私が考える普通は、自分の状況でも変わると考えている。社会が言っている普通とは違う・・・
若し、健常者・・それも油が乗るという年代だけを、普通と限定している、方向が有るなら、私は間違いだと思っている。
声も上げられない、行動も動けない、人も居る・・・当然、老いるとこの方向に向かう・・・この様な人の感覚も大事だと考えている。
自分が出来る、範囲、当然、力が無いので、少ないが、少しでも、人様の役に立つ、当然、命を繋げる方向に成る。
之が出来る事が、幸せだと私は考えている。
持ち場も変わる・・・歳に応じて・・・何を残すか???・・之を考え続けていたが、最近、命のバトンを渡される、環境作りを残したいと、答えが出た。
当然、変わる可能性も有るが・・・
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